【序】
暗く、黒く、深い闇の中で鼓動のような音が響く。
そこには形容することの出来ない異形。数多の生命を吸収、融合したかのような怪物の姿がその場にはあった。
「何してんのよ、アンタ」
「おや、帰ったのかい? それで、収穫はあったのかい?」
元々そこにいた細身の男はそう揶揄うように呟く。
だが、そんなことを気にした様子もなく後から来た女は怒鳴る。
「あんた、何で神殺しのとこになんて行かせたの!? 一つ間違えたら消えてたわよ私!」
「ははっ、平気さ。君はそう簡単に消えるような柔な存在ではない。器を使ってるにしても少なくとも魔神アラヴァくらいには強いはずだよ」
女は反論することなくめんどくさそうにため息を洩らす。
「それで、アンタに聞きたいんだけど、あのバカはどこ行ったの? それとこの怪物は一体、何?」
女はもう一人いるはずの仲間がいないことと目の前に映る異形の怪物について疑問を呈した。
すぐには答えを返すことはせず、クツクツと男は笑う。
「アイツは適当な世界を滅ぼしてるよ。ほら、運動だってする前に準備運動をするだろ? それと同じさ。それとこれはあの方の芸術品さ」
男は目の前の異形を見つめ、怪しく眼を輝かせる。
その様子をみた女は幻滅したような視線を飛ばすが、そんなことは気にならないようでやがて、諦めたように女は質問を投げる。
「それで、アンタのいうあの方って誰よ」
「……漆」
その一言で、女は納得したように『あぁ、』と声を洩らす。
「私、あの方嫌いなんだけど、趣味なんかあったことがないわ」
「へぇ、俺は結構いいセンスしてると思うけどね」
「…………アンタと趣味が合わない理由が分かった気がするわ。それと、わざわざ私が神殺しに接触した理由ってなんなの? わざわざ姿を見せるなんて真似しなくても世界を滅ぼすためなら私達だけでも――」
「それはダメだ」
そこで男は言葉を切り捨てる。
その言葉に殺傷性はないが、その場を支配するだけの力はあった。
「……あ、がっ……!」
一瞬にしてその場の支配権を掌握した男は薄い笑みを浮かべる。
「心配しなくても滅ぼしはするさ。だけど、それはこの芸術品にしてもらうとしよう。あの方曰く、コイツはまだ未完成らしくてね、完成するまでは神殺しや創造神なんかの動きでもみてるとしよう。俺たちの計画を邪魔されては困るからな」
その言葉に細身の男は静かに笑い、音もなく深い闇の中に消えていった。
◆
〜王都〜
「それでは今すぐにこの地域に結界を張るということでいいのだな?」
「あぁ、少々この後も用があってな。日の出くらいにはこの国を出ようと考えているから出来るだけ早く済ませたいんだ」
あの後、アルフェレアは俺が指示された結界に関する情報をある程度国王に話したのちに去っていった。
その内容も俺の考えていたものと殆ど同じだったため、本当に神髄玉を使うと言うことを予測していたのだろう。
「では、早速で悪いがやってもらえるかね?」
「了解した」
俺は神髄玉を手に持ち、結界を展開する特大の魔法陣を床に描く。
しかし、結界を維持するための核である神髄玉に耐え得る結界の術式を俺は知らないため、一から作らなければならない。
――そうだな、術式に組み込むならば《背反魔法》の術式を組み込むとするか。
核を必要としない単なる結界ならば必要ないのだが、核から魔力を吸い上げるならばその核の放つ魔力に耐えられる術式にしなくては意味がないため、吸い上げる魔力の程度を術式が壊れない程度に調整する必要がある。
だが、恒常的に術式を維持するには永久的に核から魔力を吸い上げるのでは恐らく足りぬため、《背反魔法》によって魔力の循環を起こす。
そうして、試行錯誤の末に結界を張るための術式が完成した。
「すまないな。時間を取らせてしまって、術式が完成した。今から発動する」
「……この複雑な魔法をたった一人で行使するとはいやはや、恐れ入る。皆のもの、下がれ」
国王が指示すると、皆俺の周りから離れていき、魔法発動の余波を受けない程度の場所まで全員移動したことを確認したのち、魔法に魔力を流す。
魔法陣に莫大な量の魔力が注がれていくが、前に使った《深淵魔法》ほどではないため魔力切れを起こす心配もないだろう。
やがて、魔法の発動準備が整い、その魔法名を贈る。
「【概念空間結界聖域】」
◆
「……なーるほど、昨日の夜の違和感はやはり結界の魔法だったか! しかし流石英雄様だな、一晩でこんな規模の結界を作っちゃうなんてさ」
二人を連れて魔界から帰ってきたあと、俺は報告という形でリューネの学園長室に来ていた。
やはり、昨夜の結界が張られていたことは気づいていたようで帰ってきて噛み砕いて説明したらこれだ。
「結界の構築などどうでもいい。いずれやろうとしていたことだ。それより、邪神のことだ」
どうやら邪神に関しては名前は知っていたようだが、どう言った存在かという知識はなかったようで、そこら辺も話して今に至る。
「まさか、そんな化け物がこの世に存在してたとはねえ。私が生まれたのはここ数十年だから邪神とやらの影響はほとんど消え去ってたんだろうねぇ」
「あぁ、リリカは知っていると思うが奴らは大戦の後期では殆ど殲滅されていたからな」
その時残っていた邪神が未だに顕現しているということが驚きだが、現存していることは事実なためやはり、対処が必要だな。
「それで、アルフェレア様はカイト殿に他種族への注意喚起を指示された……と」
「あぁ。海棲国家ポーテレシア連合国と霊王国クランデーテだな」
正直、海棲族の国も面倒ではあるのだがそれ以上に面倒なのはエルフと精霊の暮らしている霊王国の方だ。
ヤツらは他種族との交流を魔族以上に絶っていてそのときによって国の場所を転々としているためまず、見つけ出すことが困難である。
――まぁ、見つけること自体は出来るのだがな。
「両国とも閉鎖的で他種族との国交なんかもあんまりしてない関わりづらい国だね。だが、貴殿ならなんとかなるだろう?」
さも当然かのように言うリューネ。
俺はため息を吐きながら、席に着く。
「……お前な……まぁ、なんとかするさ。昨日の一件で龍族にも本件の内容は粗方伝えてある。指示の内容には入っていないが、伝えておいて損はないだろう?」
「はは、やはり抜かりないな。龍種は我々魔族でも立ち入ることを躊躇う禁域だからな、そこに情報を回してくれているのは非常に助かる」
そう言いながら、リューネはカップに入ったコーヒーを啜る。
「それで、今後の動向だがどうするんだ?」
「それなんだが、まずは霊王国の方へ行こうと思っている。海棲国家に関してはアポが取れない上行き方も不明だ。なら魔法などの技術に長けている霊王国に行くついでに行き方なども教えてもらうとしよう」
国への行き方などはあるのかもしれないが、リューネの先程の言い方からして他国との交流もないようなので完全に異種族の侵入を絶っているのかもしれない。ならば、まだ行けることが確定している霊王国を優先すればいいだろう。
最悪、警戒はされるかもしれないが海を岩盤ごと割り、《転移魔法》によって一時的に海中に空気を確保すれば対談くらいは可能だろう。
「……だが、この話を受けたからにはしばらくこの学園を空けることになる。そんな長い間入学したばかり生徒が席を空けていたら不審に思う者もいるだろう。それはどうするつもりだ? 何か策はあるのか?」
俺が真剣な面持ちで問いかけると、リューネは薄く笑みを浮かべ、手に持っていたコーヒーカップを机に置き、机に腕をついた。
「……ふふっ、任せてくれ。こんな緊急事態だ、協力できることは全力でさせてもらうつもりだよ」




