第8話
彼女の隣に腰かけて、数分が過ぎた。不思議と焦りはない…が、どうにも頭がまとまらない。何から話せばいいだろう、何を聞けばいいだろう。そして、何を伝えないといけないだろう。
さらにややあって、俺は結局奇をてらわず、順序良く話を進めることにした。
「あの、俺、季丘 春美っていいます」
「あっ、えーと…私、季丘 秋実、です」
戸惑いながらもそう答えた彼女に続ける。他人行儀になってしまうのは、まぁ、お互いその方が自分らしいということでご愛敬だ。
「あの、今日、カギ拾いませんでした?その、青いキーホルダーなんですけど」
「えっ、これ?あの、このカギ、あなたのでした…?」
そういって彼女が取り出したカギは、間違いなく俺の…年季の入った、ほのかな青色のキーホルダーに取り付けられていた。
「そうそれ、実は俺の、なんです。それで、こっちなんだけど…」
今度は俺がカギを取り出す。薄桃色で、俺のよりちょっと丁寧に扱われていたであろうキーホルダーを見せた。
「…信じられないかもなんですけど、俺、並行世界の秋実さんです。あなたの落としたカギを使ったら、こっちの世界に来ちゃって」
「はぁー…」
こういうとき、どうにも間の抜けた返事になるのが俺という人間らしい。彼女はふたつのカギを、しげしげと見比べていた。
「あっ、じゃあもしかして、元の世界に帰るには…」
声を上げた彼女に答える。
「そう、俺の落としたカギが要るんです…多分」
「そうなんですね、ごめんなさい!私、勝手に拾って…」
彼女が慌ててカギを手渡してきた。それに続いて俺も、
「い、いや大丈夫っす!俺も勝手に拾ってたし…」
そう言ってカギを交換した。万一彼女はカギを拾っていなかったら…そんな事態は無事避けられ、俺が元の世界に帰るための条件は揃ったのだ。
そう、ここで、話を終わらせることもできるのだけど。
「…あの、帰る前に、少し話していいですか。聞いてほしいことが、あるんです」
そうだ、俺をこの世界に呼んだのは、きっと彼女…『苦しみを抱え続けた俺』なのだ。だから、俺は、どうしても伝えたいことがあった。