第6話
「ただいま帰りました…」
肩を落としながら玄関をくぐる。無論、元の世界への転移は起こらない。
「おかえりなさい、その様子だと…」
「はい、なかったです。あの、夏輝さんの方は?」
そう尋ねるが。
「ごめんね、こっちも電話に出てくれなくて…」
空振りのようだ。それを聞いて、俺は一層肩を落とす。
「あの、もしかして秋実さん、もう俺のいた世界に転移しちゃってる…とか?」
これは最悪のパターンだ。お互いが転移してしまった上、カギだけがそれぞれの世界に帰ってしまう…それは、ゲートを開く手段がなくなり、俺と秋実さんが取り残されることを意味する。不安を募らせる俺を元気づけるためか、夏輝さんが努めて明るく答えてくれる。
「大丈夫!それはないから!スマホは圏外にはなってないみたいだし…それに私、今日はかなり早く帰ったんだけど、家のカギはちゃんと閉まってたから」
そう、もし秋実さんが既に転移していたとしたら、ゲートは閉じていたとしてもカギは開けたままになる…そうでない以上、秋実さんはまだこの世界にいるはずなのだ。
「そ、そうですね。大丈夫ですよね!よかった~…」
この辺りは、普段の兄貴とのやり取りを思い出す。俺が困っていると、真っ先に手を差し伸べてくれるのは兄貴だった。そこで兄貴にいろいろ助けてもらい、俺一安心!という流れだ。夏輝さん姉妹もそうなのだろうか…ここでふと、出かける前の夏輝さんの言葉が気にかかる。
「そういえば、秋実さん電話に出ないかもって言ってましたけど、部活か何かなんです?」
そうだ。俺から兄貴や両親へはともかく、俺は電話に出られないなんてことはめったにない…ぶっちゃけ普段はヒマなのだ。
「それが…その、最近、妹とはあまり話ができてなくて。元気もなさそうで心配だったから、今日は仕事を切り上げてきたんだけど」
夏輝さんが少し寂しそうに答える。…ちょっと意外な事情だった。
「あーまぁアレですかね、難しい年頃ってやつ…いや俺も同い年なんですけど」
よくある話ですよね、と応じてみせる。
「い、いや、仲はすごくいい方なのよ!普段はさっきのハル君と冬基さんみたいな感じで…ケンカだって一度もしたことないくらいで!」
そう答えた彼女の言葉が、俺の心に強く引っかかった。
「…一度も、ですか?」
「うん、年も離れてるから、小さいころもそんなことなくて…男の兄弟だと、やっぱりちょっとくらいはケンカするの?」
「えぇ、まぁ…」
生返事で返す。実際、俺は兄貴と一度だけケンカをしたことがある(といっても俺が一方的にわめいていたようなものだが)。兄弟と姉妹、いろいろ事情も異なるだろうし、気にするほどの違いではないのかもしれない。これだって、今までにあった並行世界同士の違いと同じ、言ってみれば些細な事、あるいは大した意味を持たない事なのかもしれない。けれど…
「入れ違いになっても厄介だから、とりあえず待つのが得策だと思うけど…ハル君?」
心配そうにのぞき込む夏輝さんに、意を決して伝える。
「…いえ、俺、秋実さんを探してきます!」
俺の考えすぎならそれでいい。ただ、確かめないといけない。これは、転移してからずっと悩んでいたこと…『なぜ俺が並行世界に来たのか』。この疑問を解き明かすカギになる。俺の直感はそう告げていたのだ。