第5話
玄関先に座り込み、盛大にため息をつく。
「やらかしたぁ~…」
落ち込む俺を、夏輝さんが慰めてくれる。
「気を落とさないで、普通無意識に閉めちゃうだろうし…お兄さんも、玄関扉は連動してるって気付いたの、閉める直前だったみたいだし」
そう、兄貴が閉めるなと言ったのはおそらくこういうことだ。『今、2つの世界の扉は重なり合って存在している』
俺が元の世界でカギを開けると、こっちの世界でもカギが開いた…すなわち、カギを使ったらゲートが開くが、それと同時に、玄関扉は2つの世界で共有された状態になったのだ。そして、俺がこっちの世界で扉を閉めると元の世界の扉も閉まり、ついでにゲートも閉じて扉の共有も解除された、と…あわせてゲートを通じて繋がっていた俺のスマホも、あえなく切れたということだ。
…なおこの説明も、夏輝さんにかみ砕いて教えてもらったものである。
「通話ができてた方が多分例外なんだって!『通話しながらゲートをくぐった』から繋がってただけとかで、ゲートが一方通行なら双方向の通話もできないはずだし…それよりほら、春美君が元の世界に帰る方法を探さなくちゃ!」
「そ、そうっすね、目下の課題はそれっすもんね!」
そうだ、くよくよしても始まらない。彼女の励ましに気持ちを切り替え、最優先の難題に焦点を移す。
「とりあえず一番ありえそうな、『こっちの世界で春美君のカギを使う』って方法を試してみたいんだけど…今手元にはないんだよね?」
「そうです、元の世界で拾ったのは秋実さんのやつだけで…多分これしか落ちてなかったと思うんですけど」
「そうなると、春美君のカギはこっちの世界に落ちてそうな感じだから…まずは、急いで見に行った方がいいかも」
「あっ確かに、誰かに拾われたりしたらヤバいし、説明も面倒ですもんね。あーいっそ秋実さんが拾っててくれたりしないかな」
そう言いつつ腰を上げる。これで、俺がカギを落とした路地へ向かうという目標が立った。少し伸びをして隣を見やると、夏輝さんは少し難しそうな顔をして、軽くうつむきながら考え込んでいた…その様子は兄貴そっくりだ。
…俺に姉がいたとしたらまさにこんな感じで、いろいろ面倒を見てくれたのだろうか…姉。姉かぁ…俺がそんな妄想に耽っているうちに、夏輝さんは考えがまとまったようだった。
「そうね…じゃあカギ探しの方をお願いします、うちの自転車貸してあげるね。私は妹に連絡してみるから…ちょっと、期待しないでもらえると嬉しいんだけど」
夏輝さんは少しだけ困った表情を見せながら、自転車のキーを渡してくれる。その様子と、『期待しないで』の発言が気にはなったけれど…今は、カギ探しが優先だ。
「ありがとう、姉さん!」
「へ?」
「あっ…」
妄想に引きずられ、ついそう呼んでしまった。あれだ、『先生をお母さん呼びしちゃう』のと同じタイプの恥ずかしさだ。いやいや待て待て、夏輝さんは並行世界でいうところの兄貴なんだから、姉さん呼びはギリギリセーフのはず…そう気を取り直そうとしていると。
「えーと…じゃあ、行ってらっしゃい、ハル君?」
夏輝さんにもそう呼ばれて。
「…ハイ、イッテキマス…」
なんとも言えないむずがゆさを覚えながら、俺は赤くなった顔を隠すように、大慌てでカギ探しに向かったのだった。