第4話
夏輝さんは、手にした桜の花びらをしげしげと眺めている…指で押したり、香りをかいでみたり。
「どう見ても本物ですね…」
「ど、どうでしょう…これで信じてもらえますでしょうか…」
おずおずと尋ねる。夏輝さんは不安げな俺の方に向き直り、軽く微笑んでくれた。
「…うん!少なくとも、もっと詳しいお話を伺う必要はありそうですね。とりあえず続きは中で話しましょうか?」
一気に緊張がほどける。肩の荷が下りたようだ…いや、肝心な問題は解決していないのだが。それでも、現地での協力者(しかも並行世界の兄貴に当たる人)を得られたことは、とにかく心強い。
『ありがとうございます、私としても助かります』
俺は夏輝さんに促され、彼女に続いて家に入る。先ほど外に出たときもそうだったが、玄関をまたいでももう転移は起こらない…ゲートは一方通行なのだろうか?兄貴も同じ疑問を抱いていたのか、俺に問いかける。
『なあ春美、今玄関を行き来したと思うけど何か変なとこはなかったか?』
「いや、何もないみたい。やっぱゲートが開いてるのはあっちの世界だけなのかな」
「そうなると、春美君が元の世界に帰る手段を探さないといけないですね…にしてもびっくりしました、妹が帰ってきたと思ったら、まさか並行世界の弟だったなんて」
夏輝さんから声がかかる。その口調は、見知らぬ他人のものであるはずなのに、俺は不思議と安心感を覚えていた。
「いや、俺も驚きました…カギを開けたら並行世界だったとか。異世界転移モノとか流行ってますけど、実際なってみるとホント、『なんで俺が!?』って感じですね…」
そんなことを話していると、ふと兄貴が問いかけてきた。
『…そういえば夏輝さん、そちらの玄関は閉まっていたんですか?』
「はい、私が帰宅したときにカギを閉めておいたので…カギが開く音がしたので、てっきり妹だとばかり」
『………』
兄貴は何やら考え込んでいる様子だ。一方の姉…に当たる夏輝さんは、興味津々で話しかけてくる。
「ね、春美君。家の中とかはどう?そっちの世界と違ってる?」
「いや、びっくりするくらいそっくりで…靴が母さんのより可愛らしいくらいかなって。でも見慣れてる分、気づかないくらいの違いでも何となく変な感じがする、っていうのか…」
そう言って見渡していると、耳に慣れた(といっても最近聞いてなかった)不快な羽音が聞こえた。これは…
「げっ、蚊じゃん!」
慌てて空いていた手で追い払う。しまった、こっちの季節は秋頃、まだヤツらの活動期間内だ。
「あっ、また庭の鉢植えから湧いたのかも!ごめんね、ちょっと涼しくなってきてたから油断しちゃって…」
「あーやっぱこっちでも結構出るんですね、ガーデニングは別にいいんだけどこれがヤなんですよねー」
苦笑しつつ、扉に手をかける。開けっ放しでは被害が増える一方だ。扉が音を立てて閉まりかけたその時。
『あっ待って春美!閉めるな!』
えっ、と俺が声を上げると同時に扉が閉まり…そして、スマホの通話が切れた。慌ててすぐにこちらからコールをかけるが出ない、というより、スマホ自体が電波を受信できなくなっていた。夏輝さんと顔を見合わせる。
「…俺、何かやっちゃいました?」