第10話
彼女はただ、俺を見つめていた。ちょうどあの日の俺のように。伝えられた言葉のすべてを理解することなんてできないけれど、きっと、意味のあることに違いないからと、心に刻もうとしてくれているようで。
そのまま、どのくらい経っただろうか。真剣なまなざしの彼女が、口を開いた。
「あなたは…『どんな自分になりたい』んですか?」
彼女に問われる。答えるべきか、答えていいのか、少し迷ってから俺は…
「…俺は、『誰かを手助けできる俺』になりたいんです」
そう、これは紛れもなく、『俺』が決めたことだから。胸を張ってそう答えた。
「兄貴の話を聞いてから、最初は俺、『じゃあ自分だけの好きなことを探そう』って思ったんですけど、そもそもそれが苦手だからこんな風に悩んでたわけで…だからまずは、これまでやみくもに憧れてた『あるべき姿』を、もう一度、ひとつずつ考え直してみたんです」
「そしたらなんか、俺どうでもいいことに結構こだわってたんだなーってことが多くて。クラスの人気者とかコンクールで金賞とか、正直キャラじゃないだろってことにまでつい執着しちゃってて。今の俺に言わせれば、『またできなかった』じゃねーだろ別にできなくていいだろって」
苦笑すると、ワンテンポ遅れて彼女も同じ顔を返してくれた。思い当たる節でもあったのだろうか?
「そうやって余計なものを減らしていって…選り分けが終わって気付いたんですけど、それでも残った憧れは全部、『誰かに助けてもらったこと』がきっかけになってたんです」
「『他人より優れた力を持ってること』に憧れてたんじゃなくて、『自分の力を他人のために使えること』…『ほかの誰かを思いやれる姿』に憧れてたんです。それで結果を出せてるのが、目に留まりやすかったのが、いわゆる『すごい人』たちだったから…気付かないうちに逆転しちゃってて」
「俺は秋実さんよりすごいヤツ、ってわけじゃ全然ないんですけど、もう限界だったあのときの俺を救ってくれた『大事なこと』を知ってる…だから、それを伝えないとって思ったんです。そうしたら、秋実さんが幸せを探す、その手助けになるんじゃないかって」
ひとしきり話し終える。うまく言えたかはわからないけれど、精一杯を伝え切れたと思う…彼女は何を思っているだろう?
彼女からの言葉はない。そうしているうちにだんだんと俺も落ち着いてきて…ふと思ったら俺、かなり押しつけがましくなってないか?そんな考えが頭をもたげてきた。
「あっあの、もちろんこれは『並行世界の俺』の話であって、秋実さんもこうに違いないなんてことは全然ないですから!『へーこんなこと考えてる自分もいるんだなー』ぐらいに流してもらえれば、と…ヒントくらいになればいいなって思ってですね」
「そもそもこの話、ほんとは夏輝さんから聞いた方がいいと思ったんですけど…『俺』には変に意地っ張りなところがあるから、もしかしたらそのきっかけをつかめないままなんじゃないかって、思って…」
ここまできての言い訳も情けないが、別に『彼女とかつての俺の悩みが全く同じ』って確認したわけでもない。そうとしか思えないってだけで突っ走って…迷惑だったりしないだろうか?急に不安に駆られだす俺の隣で、彼女はまた、視線を前に向け…今度は空を眺めていた。
どれくらいそうしていただろうか、不意に彼女が俺に向き直り…俺に、優しく微笑んだ。
「ありがとう」
彼女の瞳には、もう不安の影はなかった。