侍女の頑張り
あなたは、七色の軌跡~剣と魔法の国の聖なる乙女~というゲームを御存じですか?
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私が日本という国で産まれ、死に、生まれ変わったのだと気がついたのは、目の前に立ち凛々しい面差しを向ける主となるべき人を見た時だった。
その主はヴァイオレット公爵令嬢、隣国の剣と魔法の国のとある貴族のもとへ妹の代わりに嫁ぐことになった人だ。
ヴァイオレット様を目の当たりにした瞬間、くらりと脳が揺れて前世を思い出した。
痛い奴だと思われるかもしれないが、現実である。
さて、ここでヴァイオレット様にもかかわるので、七色の軌跡~剣と魔法の国の聖なる乙女~の説明をしたい。
死ぬ直前まで同士と語っていた、この乙女ゲーム、クソゲーの中のクソゲーなのだ。
所持していることすら気分を害するといわれるクソゲー。
スマホアプリでカードゲームが実装されるも、百日を待たずにサービス終了告知がされ、某掲示板でのクソゲー殿堂入りを果たしたゲームだ。
ありきたりな主人公は孤児で聖女の力を見出され、貴族の通う学園に入学する。
攻略対象は七人で赤の王子、橙の後輩、黄色の同級生、緑の教師、青の騎士、藍の魔法使い、紫のヤンデレ。
そしてライバル、悪役令嬢として登場するのが、ヴァイオレット様の娘である、アリアンローズなのである。
アリアンローズは王子の婚約者として立ちはだかり、主人公を苛め抜く、のだが、貴族界では普通のことでは?と疑問を持つ展開なのだ。
過度なボディータッチ、上下の無い言葉使い、婚約者がいるのに気にしない発言。
嫌われるまで一週間もなかったと思う。
主人公が、ではなく制作陣が。
多数あるルートのため、使いまわしがあるのは仕方ない。
だが婚約者がいないキャラのルートで婚約者がいても気にしないわ、だって私達はお友達だもの、の発言はない。
管理されていない分岐固定セリフのおかげで、主人公の性格が多重人格と化していたのだ。
そして出てくる攻略キャラは、どこがいいのか?顔か、知ってる、と言われるほどのバカばかり。
王子はアリアンローズが主人公を虐めたと卒業パーティーでのたまい、婚約破棄と国外追放。
なぜか別キャラルートでも婚約破棄、そして処刑。
意味が分からない。
国外追放と処刑の差が激しい。
全ルートでもアリアンローズの父親の宰相は王子に寝返り、主人公の盾となり王子に忠誠を誓い、国民に愛されておしまい、めでたしめでたし。
他のルートもガバの中のガバと言われるストーリーで、中でも不評だったのが隠しの紫ヤンデレルート。
ヤンデレの本命は主人公でなく、腹違いの姉であるアリアンローズなのだ。
アリアンローズに惹かれたヤンデレは近親婚ができないため、そっくりな瞳の色を持つ主人公に惹かれる、というもの。
最後は処刑したように見せかけ、アリアンローズを捕らえ、屋敷の隠れ部屋で飼い、主人公に忠誠を誓ったアリアンローズは家畜と化す。
これには不評待ったなしだった。
制作陣はアリアンローズになんの恨みがあるのか。
プレイヤーはいたるところで語り合い、制作陣をたたけば出てくる埃だらけ。
最終的には、主人公と悪役令嬢を落とすギャルゲーの同人ゲームが作られた。
すると人気があると勘違いした馬鹿たちは、アリアンローズルートを作り、男性化させた。
なんとか生き残っていたプレイヤーは全員死んだ。
私も爆散して死んだ。
そして馬鹿な制作陣をなんとかしようとして考えに考えていた時、誰かが言ったのだ。
「宰相はなんで毎回主人公を養女にすんの?国乗っ取り?」
「お前…消されるぞ…」
「あっ…消されるかもしれない…。ヒント:目の色と魔力量」
まさかの宰相による国乗っ取りストーリーだとは思うまい。
しかしこれは乙女ゲームだ。
そんな馬鹿なと盛り上がり、最終的に同士たちとまとめたのがこちら。
『アリアンローズは王子の婚約者だが、作中で王子に好意を示していない。
アリアンローズの母親は隣国の王家が贔屓している魔力を所持。
父親も強い魔力を持つ。
両親に愛は無く、母親が亡くなるとすぐに後妻がやってくる。
父親は社交界をにぎやかにしていた。
アリアンローズは目が父親似で冷たい。
髪色は母親譲りで魔力持ち。
主人公の母は平民で父親は不明。
顔つきは母親似だが、目の色は父親と発言。
ヤンデレによる、姉に似ているのに性格は真逆発言。
聖女になるほどの魔力持ち。
母の死のあと、すぐに教会に引き取られる。
全ルートでアリアンローズの家に養女。
王子は三人、馬鹿と兄想いと作中で一ミリも出ない末王子。
おそらく派閥はあるだろう。
宰相は間違いなくクソ。』
乙女ゲームが謎解きゲームだと誰が思っただろうか。
中には問い合わせをしたものもいた。
メールには父親ではないと記載され、アプリ版では主人公の目の色が変えられる事件があった。
そして起こるセリフの矛盾。
そんなクソゲーのような世界に生まれ変わり動揺するなというほうが難しいだろう。
「あぁぁぁぁぁぁヴァイオレット様お逃げください…!このままでは可愛らしい娘が生まれるものの、事故にあいヴァイオレット様は死んでしまい、娘は後妻にいじめられ、王子の婚約者となり、馬鹿王子に国外追放か処刑されてしまいますぅぅぅぅぅぅぅ!!私は!推しが死ぬのを!見たくない!!」
そう私の推しはアリアンローズ、ローズたんである。
最愛のカップリングは俺×アリアンローズだ。
他は認めん、認めんぞ。
泣き叫び必死になる私に、ヴァイオレット様は優しく涙をぬぐい、背をさすってくれる。
びぃびぃと泣き、何もかもを吐露する私を信じてくれたヴァイオレット様は女神だと思う。
「転生をした者は、この国では意外といて書物があるのよ。前世は虫で踏まれたのが死因って方もいたわ。もしかしたら、未来で死んだ者があなたの前世で思い出して書いたのかも」
「ヴァイオレット様、逃げましょう」
「逃げたいのだけど、妹が逃げてしまった尻ぬぐいなの。事故死もなんとかするしかないわ」
柔らかく笑う女神に、ぽろぽろと涙があふれる。
ゲームの世界がヴァイオレット様の言う通りだとしたら、間違いなく全ルートで死んでいるヴァイオレット様は死んでいるじゃないか。
神を呪わずにはいられない。
その日から私はヴァイオレット様の侍女として行動をした。
せめて主人公の病弱な母親を救えれば、と思ったが、幼い主人公により不審者扱いで薬を渡せず亡くなってしまうし、ヴァイオレット様は身ごもり、名前を告げずにいたがアリアンローズと名付けられた。
ヴァイオレット様が事故にあうのは、ローズたんが三歳の時。
あたたかな太陽を亡くしたローズたんを考えたくなく、尽力を尽くしたが、叶うことはなかった。
「ふふ…あなたの言う通りだったわね…。どうかローズを護ってあげて…あぁ泣かないで…」
そう言ってヴァイオレット様は笑って逝ってしまった。
◆◆◆
「おーさま、わたし、おうじさまのおよめさんになるの?」
「そうだよ」
「んー、ゼオライトさまの?」
「そうだよ」
そう言って国王の膝に乗せられた六歳のローズたんを見た時、目がカッと開きました。
王子の婚約者にはなりましたが、第三王子のゼオライト様です。
そして作中では王子の婚約者としか記載されていませんでした。
第一王子であるヴィッツが婚約者だと言っていただけだ。
つまり、ローズたんはクソどもに邪魔扱いされた末の結末なのかもしれない。
そこからの私は動きに動きまわった。
隣国と仲良くありたい国王に協力を求め、馬鹿王子を泳がせ…。
作中で登場しなかった第三王子のゼオライト様は、王妃により一般人には隠された存在でした。
真っ白な髪に、赤い瞳。
アルビノであろう少年はローズたんからのまっすぐな愛情をもらい、母親と馬鹿兄から受ける傷を乗り越え、日々いちゃいちゃしております。
作中では書かれていなかったこともあり、改変されたか、もしくは下位の貴族のものが転生したのだろうと考える。
だから学園が舞台なのだろう。
そしてやってきた、卒業パーティー。
私は侍女の控室で待つほかなく、うまく国王様とゼオライト様が立ち回ってくれるのを願うしかない。
◆◆◆
「イア、帰りましょ」
「お嬢様!ご無事ですか…!」
ひょこりとゼオライト様を伴い侍女の控室にやってきたローズたんは、明るい顔をしています。
バッドは回避した!と確信を持つしかありません。
つまりはローズ追放と処刑は馬鹿な制作陣が改変したのだ。
制作陣はシスベキ。
「バッカがしでかしたが、まぁ予想通りだったよ。イア嬢の夢見の力のおかげだ」
「いいえ、ゼオライト様。どうか、お嬢様を幸せにしてくださいませ」
「当たり前だよ」
「イア、泣いてはだめよ」
ぽろぽろと泣き始めた私を、優しく涙をぬぐい背をさするローズたんに、嗚咽が止まりません。
ヴァイオレット様が亡くなったあと、ヴァイオレット様の魔法により夢見の力がついたと国王様に言っていたのでした。
ローズたんに関することしか分からない夢見の力でしたが、国王様は信じてくださいました。
「あぁ、よかった…よかったです…お嬢様が死ぬのは、もう見たくありません」
「そうね、イアより先には死なないわ」
「パーティーで何があったか、お聞かせくださいね」
「えぇ」
そして主人公はおそらく、いや確定で日本が前世で、七色の軌跡のプレイヤーだった。
一番マシなルートを頑張って選んでいたのだろう。
つまりは主人公、アンリネット様の推しもローズたんだったのだ。
いつかローズたんに頼んで、アンリネット様とお会いしてみたいものである。
こうしてモブ侍女として生を受けた私は、数年後に薬剤師の旦那様と結婚、子宝に恵まれ、ローズたんとゼオライト様を始め、ローズたんたちを守り抜く、鋼の一族となるのでした。
めでたし、めでたし。