アリアンローズの災難
ゆるっとご覧ください。
剣と魔法の国で行われた滑稽な話を知っていますか?
◆◆◆
キラキラと輝く高価な照明具を見上げながら、学園の卒業パーティーの参加者の視線に少女は内心ため息をつく。
少女の視線の先は、赤金の髪に赤い瞳を持つ、この王国の第一王子であるヴィッツの姿と、おびえるように王子の背に隠れる少女―薄桃色のセミロングの髪に、アメジストのような紫の瞳で人々に人気のあるアンリネットに向けられていた。
(何かしてしまうと思っていましたが…)
気づかれないように扇の奥で数度目のため息をついた、闇のような黒いウェーブかかった長い髪に、毒沼のようだと言われる紫の瞳を持つ少女。
名をアリアンローズという。
アリアンローズはヴィッツを視界にとらえ、優雅にカーテシーをすると冷ややかな声色で語りかけた。
「お話、とはなんでしょうか」
「それはお前が一番わかっているだろう!お前は私の婚約者としての立場を使い、アンリを傷つけた!目撃証言もある!!」
その言葉に、参加者とその保護者達はざわざわと動揺をする。
宰相の娘であるアリアンローズの婚約者は十二年前から王子であるが、ヴィッツに執着しているようには思えない距離感だった。
そのアリアンローズがアンリを傷つけることがあるのだろうか?と小声で疑問を投げかける。
罪の一部だと、王子の取り巻き達と一緒につらつらと語る王子はまるで舞台上の役者のようで、早く国王が来てくれればと参加者は願う。
「ヴィッツ王子様、先ほどの婚約者というお言葉の場合、なぜエスコートを私にしてくれなかったのでしょうか?」
「ふん、そんなのは簡単だ!この場をもって、俺はアリアンローズ・ガールードとの婚約を解消する!!」
どこかしらから、ついにやりやがった、と聞こえた気がしたが、アリアンローズはにっこりと笑って頷いた。
その姿に取り巻きである騎士であり、青色の髪をした男が鼻を鳴らす。
「王子の一時の婚約者であったという事実すら消し去りたい」
「どっちにしろ未来の国母を傷つけたんだ死刑は免れないだろう」
騎士に同意し、死刑とのたまう少年はアリアンローズの腹違いの弟であるルーウェルだ。
紫の髪をくしゃりとかきあげて、にたりと笑う。
わが弟ながら気持ちが悪い行動に、国王と一緒に来るはずの父親が後妻と一緒にやってきた。
まるで学芸会ねと思いながら、時が過ぎるのを待つ。
「なんと…王子は国母にその少女、アンリネット嬢を選ぶのですな!そしてわが娘が恐ろしいことを…アリアンローズ!貴様はガールード家から追放する!!贖罪としてアンリネット嬢は私が後ろ盾となろう!」
父親が高らかに告げたその時、ついに国王がやってきた。
王妃を横に従え、斜め後ろに第二王子であるエリアス、エリアスの婚約者であるシンリー公爵令嬢、護衛の方々が会場に足を踏み入れる。
やってきた国王たちの姿を確認して、アリアンローズはゆっくりと口を開いた。
「ガールード家より追放、承知いたしましたわ。今までありがとうございました。そしてヴィッツ王子様、お言葉ですが婚約解消はできませんわ」
冷ややかに笑いかけるアリアンローズにヴィッツは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
ヴィッツの背中にずっと隠れていたアンリネットは青ざめふるふると震えていた。
そんなに怯えていては国母になれるのだろうか?と疑問を持つが、アリアンローズは国王の護衛の一人を見つけて手招きする。
アリアンローズより五センチほど高い、フードをかぶり、仮面をつけた人物は手に杖を持ち魔法使いであることが分かる。
「ヴィッツ王子様、私は確かに王子の婚約者ですが、第一王子のではありませんわ。再三言ってきましたけど、私の婚約者はこの第三王子であるゼオです」
「そんなわけがない!出来損ないになぜ婚約者がいるのだ!」
「出来損ないとは失礼ですわね」
アリアンローズはむすりとした淑女らしからぬ表情をし、ゼオの腕に手を回す。
その行動にヴィッツは声を荒げてアンリネットを引き連れ、アリアンローズのもとへと歩いてくる。
「ヴィー…っ痛いわ、離して、ローズ様、違うのっ」
顔色がどんどん悪くなるアンリネットに気づくことなく、ヴィッツはアリアンローズとゼオの前にやってきた。
国王はため息をこぼし、護衛に耳打ちしている。
「十二年前、俺と見合いをしただろ!そのあとお前は婚約者になった!」
「十二年前、王子たち三人のお見合いに参加して、ゼオの婚約者になりました」
淡々と言い直すアリアンローズに、参加者は納得せざるを得なかった。
ヴィッツとの浮きたった噂も、デートをする姿も誰も見たことがなかったからだ。
今日のエスコートにしても、第三王子は十五歳にしながらも優秀な魔法使いとし認められ、護衛の任務を任されている。
エスコートしたくてもできないのだ。
そうなれば弟であるルーウェルがと思うが、アンリネットを慕っているのは一目瞭然である。
「私は第三王子の婚約者にローズを指定したのだが、いつから第一になったのだ?なぁガールード」
国王の言葉に宰相は冷や汗をかいた。
わざわざ外国の優秀な、王族に贔屓されている娘を娶り、作った娘だったのもあり、第一王子の国母となるだろうと勝手に思い、書類上では第三王子、口では第一王子の婚約者だと言っていたのだ。
国全体を欺いていたが、いずれ実際にそうなればいいと認識していた。
「父上、そんな化け物に婚約者など…!」
「ゼオが化け物ですって!?こんなに綺麗な方はいないわ」
そうアリアンローズは怒鳴ると、ゼオのフードを奪って姿を露わにさせる。
露わになった髪色は雪のように真っ白で、仮面から除く赤い瞳は沸き立つ命のようでアリアンローズは大好きなのに。
ゼオは少し考えた素振りを見せると、仮面を取り外して、周りを一瞥した。
「ひっ…」
そう誰かが声をこぼした。
それもそうだろうとゼオは思う。
産まれた時に母は髪色を不気味がり、煮え湯を赤子に被せ育児放棄をした。
そんな母親に影響された一番上の兄は、事あるごとにゼオに怪我を負わせたのだ。
皮膚は引きつり、顔の半分がやけどを負い、怪我の縫い痕で見るのもつらいだろう姿になっている。
「私、国王様のことは大好きですが、王妃様はそんなになんですの。産まれたばかりのゼオが何かしました?髪色が違う?国王様は金、王妃様は茶、第一王子は赤金、第二王子は金…。ゼオは白。あら?」
アリアンローズの言葉に王妃はカタカタと震える。
息子のゼオの顔を見たこともあるのだろうが、震え方が尋常ではない。
そのことから参加者と保護者達は頭を抱えたくなった。
「この国は精霊の加護があります。中でも高位の精霊の場合髪色に影響がございますのは幼子でも知っておりますわ。ヴィッツ王子様は炎の精霊の加護…。元弟であるルーウェルは夜の、騎士様は空の、土の、木々の、朝の、海の。ゼオの髪は雪の加護だと思わなかったのです?」
「そ、それは…」
「ローズいいよ」
怒り冷たい空気を醸し出すアリアンローズをゼオは抱きしめた。
王妃が言わんとしていることは、誰もが察しているだろう。
「いつかは、と思っていたが、今日だったとは…。王妃を塔へ、ヴィッツは自室へ、そこな少女も来なさい。ガールードは動くことを禁ず」
国王はマントを翻して指示をし、嫌がる王妃と王子を引きずるようにして会場から立ち去らせる。
アンリネットは真っ青な顔で何かを呟いているかと思えば、突然泣き出し、アリアンローズのもとへ走った。
警戒したゼオが杖を掲げようとすると、アリアンローズは首を静に横に振って止める。
「違うの…っ!私はただ帰りたかったの…!平凡な日常に…あの人が一番マシだったから!」
悲痛な声に、アンリネットは聖女の力を認められ、教会の孤児だったのを特例で受け入れられたことを思い出した。
おそらくだが、ヴィッツが王子とは思ってなく、気がついたときには遅かったのだろう。
アリアンローズはゼオから国王に視線を移すと考えるように告げる。
「…国王様、私はただ巻き込まれて変な噂をたてられましたわ。お願いがあるのですけれど」
「願わずとも、ヴィッツの継承維は取り消し、第一継承位はエリアスに。ヴィッツは辺境地へ。少女はどうしたい?」
国王の問いに、アンリネットは目を閉じて祈るようにひざまずく。
ゆっくりと瞳をのぞかせる姿は、まさに聖女のようだった。
「私は、教会へ…帰りたいです。私が本当に帰りたいところは、無くなってしまいましたから」
「本当に…?場所を聞いても?」
「はい。きっと誰も知りませんよ。ニホンという小さな島国でしたから」
アンリネットの言葉にアリアンローズは、そう、とだけ呟いた。
きっと苦労して、苦労して…そんな中、ちょっとした楽しい日常をヴィッツと送ったのだろう。
もっとヴィッツを言い聞かせることができたら結末は違ったのかもしれない。
ゼオの胸に顔をうずめて、滑稽な話ねとつぶやくしかなかった。
◆◆◆
卒業パーティーからひと月。
アリアンローズは婚約者のゼオのもとでお茶を楽しんでいた。
元父である宰相は王を、国を騙したとして、罪人の島へと送られた。
元弟は家名と爵位を返上、母親の実家へと戻っていくほかなかったらしい。
出発の前日に、ゼオの保護下に置かれたアリアンローズのもとへやってきたかと思えば、頭を下げて謝罪し、自分と一緒に来ないかと言われたが丁重にお断りをした。
王妃は塔で一生を過ごすだろう。
第一王子であったヴィッツは、辺境地へと送られ、取り巻きをしていたルーウェル以外の者も、青髪の騎士を始め取り巻き合計五人とその一部家族、ついでにと言わんばかりに謀反を図ろうとした者たちも処分された。
「でも死人が出なくてよかったわ」
「罪人でも国民だからね。それに生きているほうが苦痛を感じるだろ?」
さらりと言ってのける婚約者にアリアンローズは、そうねと頷く。
そしてパーティーの事を思い出してクスクスと笑った。
笑い始めたアリアンローズにゼオはどうしたのかと問いかける。
「ふふ…だって凄いと思わない?ヴィッツ様と周りにいた人たちって、精霊の加護があったのにこうなってしまって。何より髪が色とりどりで見るたびに目が痛くなってたの。七色よ七色」
「私とローズを入れたら九色だね」
「あら、私はよくある色よ?この国は茶、金、黒に薄桃の順に髪色があるじゃない。他の色は精霊の加護だわ」
アリアンローズは興奮したように力説をして語ると、思いついたように手を鳴らした。
紙とペンを用意して、メモを取るとゼオに笑われる。
「そういえば、ニホンって、侍女のイアから聞いたのだけど、とても平和な国だったらしいの。地図にも載ってない、跡地もないらしいから行くことはできないのですって。ニホンに詳しくて行きたいと思ったのに」
不貞腐れるアリアンローズの手元には七色の喜劇と書かれていた。