8. 闇市場
ナイフを突きつけられ、無理矢理に手錠と首輪を嵌められた。不安で見上げた青白い空は愛想が悪く、白く濁った息を吐き出して再び俯いた。歩く度に奥歯ががちがちと鳴るのは緊張のせいだ。湿っぽく淀んだ路地裏を通る。前には昨日の店主がおり、首に繋がるリードをしっかりと握り引きながら歩く。後ろには昴が歩いている。もしかしたら助けてくれるのではないだろうか。そんな願いも微かに残っていた。しかし言葉もなく淡々と歩き進めるうちに、もう希望の一欠片も残されていない事に気づいていく。
頭で話しかけてもディーアの声は返ってこない。それがまた更に不安を煽られた。泥水で汚れた地面を踏みしめ、路地裏を抜ければそこは悪徳商人や、またはその客たちの溜まり場だった。星子が現れるや、客は一斉に騒ぎ出した。一言一句聞き取れはしないが耳をふさぎたくなる程に余りにも下卑た響きをしていた。
「ディーア……!」
星子が叫んだ。ディーアは人間の少年の格好をしているが、なにか特殊な首輪を嵌められ後ろ手に拘束をされるまま檻の中に閉じ込められていた。おまけに口枷まで嵌められていてモノも言えないようだった。その様子に星子は胸が痛んで駆け出そうとした。しかし店主はリードを引っ張ってそれを制し、その後で星子の背中を足蹴にして地面へと転ばせた。泥だらけになりながらも、ディーアの元へと這い寄ると、星子は小さく呟いた。
「ごめんなさい」
ディーアは星子へ顔を向けると緩く首を振った。
カンカンカンカン!支配人がベルを金槌で叩いて声を上げる。
「さあさあ皆様!お待ちかね。本日の最大イベント。リンカーと死に星です!」
人々は盛大に拍手と声援を送った。星子は感じた事のない恐怖に打ち震えていた。
「昴ちゃん!!助けて!お願い!」
昴に向かって大声を上げるも、当の本人は聞く耳を持たず冷めた目で星子を見下ろすだけだった。
「リンカーは奴隷として優秀ではあるが同時に脅威でもある。そこでリンカーの特性を利用し、リンカー自身の精神を弱らせる必要がある」
怪しい仮面をつけた闇市場の支配人は星子に近づくと髪を強く引っ張った。
「痛っ」
「星子!」とディーアは叫ぶ。
星子は今にも泣き出しそうに顔を歪める。
「星子、しっかり。気をしっかり持つんだ」
しかし、ディーアの必死な呼び声も胸に届くはずがなく、星子は心の中で弱気に囚われていった。
無理。無理よこんなの。気をしっかり持つなんて、そんなの無理。怖い。誰か助けて。私、殺される。
その星子の弱気はディーアの光を鈍らせ、淀ませた。ディーアはグロテスクな星の姿に変形した。それもいつもよりも輝きがなく、汚れた色をしている。観衆たちはどよめいた。
「こうして弱ると守り星も力を弱めこのような姿となる。星主へ主従関係を叩き込み、言う事を聞かせて躾をする。そうすれば貴方の思うままの奴隷になること間違いなし」
「星子、僕の言った事を覚えてるかい?君の精神次第でここから抜け出す事が出来る。今君は弱い心に支配されている。このままじゃ精神は飲まれ、僕の力も使えなくなる。こうして喋ることも……出来なくなる。だから星子」
と潜めた声を制するように、支配人は鞭を星子に御見舞いした。ビシリとしなやかに強く皮膚を叩く痛みは星子の精神を奪うには十分だった。
「うぁああ」喉の奥で呻く。普通の高校生に、このような拷問を耐えることなど至難極まりなかった。星子はうずくまり、とうとう失禁してしまった。そして涙を床に零し、息を殺した。




