12. ガニメド
結局、星子はディーアに任せる事にした。この世界の事は、何だかんだ言ってディーアの方が詳しいのだから。
二人で城下町の道を歩いていくと、連なる建物の中に黒の大きなシルクハットの屋根をした建物があった。リボンの部分には三日月の装飾がなされている。看板には、Ganymed style clothesと記されている。
ディーアはその店の扉を開けて、入って行った。
「失礼するよ。ガニメドいるかい?」
店の中へ入ると、丸を帯びた天井に天文時計が示されていた。そして広い部屋の奥の奥の方まで、ドレスやハット、色とりどりの様々な衣装が並んでいた。そして所々に小さな滝の噴水があり、水の降りる先には冠水瓶が置かれていた。
「ああ、私はここに居るよ。私を呼んだのは君たち?」
店の奥から登場してきたのは、色の白い若くて華奢な少年だった。水色をした髪は、左目にかかるように流れ、ウェーブのかかった後ろ髪が風に揺れる波のようだった。まるで女性のような風貌をしているが、声はしっかりと男性だ。何よりも証拠に、身に纏う布の合間から男性の胸元が晒されている。
「僕達さ。ガニメド、今日は君に服を選んで欲しくて来たんだ」
「この美しいガニメドに頼みかい。もちろん素敵な服を選んであげるとも。ねぇ君はもしかして、死に星じゃないのか?こんなにも強い星の光を感じる」
ディーアは縦に頷いた。
「やっぱり。そしたら、そちらの子はリンカー?」
ガニメドは、顔を近づけてまじまじと見詰めた。
「そう、リンカーだ。けれどこの世界にはまだ慣れていなくて。この服だと僕の星の力を存分に発揮できないんだ。だからお願い出来るかい?君のセンスに任せたいんだ」
ディーアの言葉に、ガニメドはふむふむと顎に指を置いて、星子を見定めると軽やかに後ろを向いた。
「いいだろう。私が見立ててあげるから、ついておいで」
踵を鳴らして、店へと進むガニメドの背中を言われた通りついていった。
「もうゼウス様に会った?」と、ガニメドは言った。
「ゼウス様が鷲の姿に変わって、私の事を攫った時、驚いたよ。聞けば私のあまりの美しさに惚れてしまったかららしいけれど、唐突過ぎたからね。けれど彼は素晴らしい。私に永遠の若さをくれた。それから、洋服屋を開きたいという頼みを聞いてくれたんだ。あのお方には心底感謝をしている」
心酔しきった瞳は静かな湖の色をしている。自分をそこまで愛せる姿に、星子は羨ましく思えた。
「君はもっと自分の内なる美に気づかなければ、もったいないよ。私がその手伝いをしてあげよう」
そう言って、ガニメドは流れるような所作で一つの衣装を手にし、星子に宛がってみせた。
「この服は君によく似合っている。黒によく似た青の宇宙に、多くの星座が描かれているんだ。試着してみてはどうかな?」
星子は不安げにディーアを見ると、ディーアは小さく頷いた。
「試着してごらん。星子」
試着は昔から好きではなかった。第一星子は鏡が苦手だった。昔からよく鏡を壊す癖があった。そうすると鏡に映る自分が死んで、完全に消えてしまったかのように思えるからだ。しかしガニメドに誘導された試着室の中には鏡がなかった。等身以上の楕円の縁だけがある。
「この服屋には鏡がないのさ。だって服を着るのに本当の自分なんて必要はない、だろう?なりたい自分を見たいのなら、水の鏡を見てみればいい。水は自分の心、内面を映し出す鏡だ」
ガニメドの言葉に星子は不思議な感覚を覚えた。そういえば、この世界には一つも鏡というものが存在していない。気の所為だろうか?それともたまたま見ていないだけだろうか。いずれにしても、星子は試着室に入って星のワンピースを身にまとった。着心地は自分の体にぴったりだった。ガニメドの言葉を思い出し、楕円の縁を覗き込んでみた。吸い寄せられるように人差し指が、円の中心へ導かれると、鏡のように水が張った。
じっとそれを眺めていると、遠坂星子が映し出された。だが、それは普段の星子とは違う。いや、むしろ誰かに似ている。髪が長く、真っ赤な口紅に、けばけばしい程の化粧。耳には大きな輪っかのピアスがぶらさがっている。この女を前にもどこかで見た事がある。
「あなたに、なりたい」星子はそう呟くと、水面に映る自分の頬に触れてみた。




