第九十五話 夢うつつ
わたし、なんでここにいるんだっけ?
ベッドの上でうっすらと目を開けたわたしは、そんな不思議な気分におそわれた。
記憶の糸をたどって、疑問の答えをなんとか見つけようとする。
そうだ。わたし、転生して……魔法学校に入って……。
ワイナツムの洞窟へ魔導書を探しに行ったのが、つい先日。そこでずいぶんと危ない目にあったのだった。
まだ外は薄暗い。わたしはふたたび眠りに戻ろうと目を閉じる。
ちょっと早く目が覚め過ぎちゃった。少し興奮しているのかな……。
唐突に、ある考えが頭をよぎる。
――わたしって、本当はまだ元の世界にいて、実は眠っているだけなんじゃないのかな。
あのトラックに跳ね飛ばされて植物状態になって、ベッドの上で昏睡しているだけなんじゃ?
迫り来るトラックのイメージ。
わたしの身体は、びくっと跳ね、また目が開く。
わたしは、このわたしは、わたしの見ているただの夢だってことも、ありうるんだろうか。
なんだか、とてつもなく不安になった。
わたしがどうしてここにいるのか、どうやってここにきたのか、明確な説明がほしい。
痛切にそう感じた。
ベッドの横に立てかけてある、ルミナスブレードへ目をやる。
その柄にはめ込まれた、目のような宝石の輝きを見ながら、思いをめぐらす。
魔法学校も、あのウィザーディング・コンテストも夢だった?
サンエルモントの夜の港。ポートルルンガへ向かう船のこと。
ゴブリン討伐や、炭坑でのレッサー・ドラゴンとの戦い。
この世界で起こった何もかも。
ラウダさんや、ガーリンさんや、ミムにマム、魔法学校みんな、ルミナスの人々……
セレーナも、リーゼロッテも、わたしの妄想?
……そんなはず、ないよね。
わたし、ここに生きているよね?
みんなも、ちゃんと存在してるよね?
神サマは何と言っていたか?
わたしは転生したときのことを、必死で思い出そうとする。
(予定が狂った)
たしかそう言ってはいなかったか?
わたしを死なせる予定ではなかったと。
ということは、わたしは本当はトラックに轢かれるはずじゃなく、あの元の世界で、そのまま変わらない人生を送っていたはずだったのだ。
普通の女の子として、普通の人生を。
だけど、わたしは転生した。
にゃあ介と一緒に、この異世界へ。
それはそれでよかったのかもしれない。
わたしは異世界で、かつての夢と再び出会えたのだから。
そして、大好きなみんなとも。
自分を偽って生きていた元の世界より、こっちの方がやっぱりわたしにとっては……。
……ううん、でもそういうことじゃない。
なぜ? なぜこうなったの? 全然わからない。神サマによる説明もない。
生き返るにしても、どうして元の世界ではなく、こちらの世界になったのか?
――なぜにゃあ介と合体してしまったのか?
神サマは手違いだと言っていた……。
ひょっとすると、神サマでも思いどおりにいかないことがあるのだろうか?
神サマの持つ、万能の力でも、わたしとにゃあ介を元通りにすることはできなかったの?
わたしは寝返りをうつ。
それとも……
ひょっとして……
わたしの知らない何かが……
まだ……
また少しウトウトしはじめた。
わたしは、今考えたことを忘れないように、にゃあ介に話しておこうと思った。
にゃあ介、にゃあ介……?
だが、にゃあ介の返事を待たずして、わたしは眠りの底へと落ちていった。
深く、夢のない眠りを、わたしは眠った……。
◆
鳥の鳴き声で目覚めると、窓からやわらかな陽が差しこんでいる。
わたしはひとつあくびをして起き上がると、いつもどおり談話室へ向かった。
先ほどの考えはあらかた忘れてしまっていた。




