第九十二話 ワイナツムの洞窟(最下層)
地下三階に下りたわたしたちは、警戒しながら一歩ずつ歩き始めた。階を下りる度に、段々と魔物は強くなっていくはず。
だがしばらく歩いても、一匹の魔物も現われはしなかった。
「何も現れないわね」
「この階、魔物いないのかな?」
それなら楽でいいんだけど。でも、そういうわけにはいかないよね……きっと。
「あそこ、階段があるわ」
セレーナの言う通り、洞窟の中程に上へ登る階段があった。
「あれ、上の階へ戻るの?」
「いや、どうやら違うようだ。少し高くなっているが、上の階までは続いていない」
見上げてみるとこの階は天井が高くなっている。その途中まで、つまり洞窟の宙空で階段は終わっているようだ。
わたしたちは階段を慎重に登り始める。
「なんだか祭壇みたいになってるね」
頭が上へ出たので見回すと、平らな床のまわりが階段で囲まれている。
広さは十数メートル四方もあるだろうか。ずいぶん広い祭壇だ。
「ここに魔導書が祀られてるのかな……うわ!」
わたしは声を上げた。
祭壇の真ん中で、でっかいサソリがあたり前みたいにふんぞり返っている。
わたしの背丈よりもはるかに大きい。
そのサソリは、そっちが小さいんだよ、と言いたげに、でん、と構えていた。
「洞窟さそりだな。あれがきっと、Cランク相当の魔物」
リーゼロッテが知識を披露する。
「硬い殻と、尻尾の毒がやっかいだ」
「Cランク相当……」
「油断しないで」
油断しようにも、そんなことはとてもできなかった。
その両腕のゴツイはさみにかかったら、どんなものでも砕かれ、引き裂かれてしまうように見えた。
洞窟さそりは、わたしたちが上がってきたのに気づくと、ゆっくりその尾を持ち上げた。
巨大な毒針がさそりの頭上で光る。
「これは……ヤバそう」
リーゼロッテに聞かなくてもわかる。こいつは、間違いなくヤバい魔物だ。
さそりは、すぐには襲いかかってこなかった。
「こっちの様子をうかがってる?」
「というより、威圧して、怖がるのを楽しんでいるようだニャ。完全に舐めきっている」
油断しているのは、向こうか。
「それじゃあ、先制攻撃してみるか」
リーゼロッテは、弓を構え、さそりに向けて矢を放った。
かん、といかにも軽い音がして、矢は跳ね返される。
洞窟さそりは、これで完全に勝利を確信したのか、はさみをかちかち鳴らしながら、こちらへゆっくりと迫ってくる。
6本の足を細かく前後に動かし、一ミリ一ミリ距離を詰めてくる。
獲物が震え上がるのをじっくり味わいながら、なぶり殺す気らしい。
「イヤな性格……」
「ふむ、じゃあ本気でいこう、いいな。ミオン、セレーナ」
「うん」
「いいわ」
リーゼロッテは強化魔法を自らにかける。
「シュタルク・フォルティテゥード」
わたしとセレーナはリーゼロッテの左右へ距離をとって広がる。
さそりの動きが止まる。獲物の悪あがきを、興味深く見守っているのだろうか。
リーゼロッテが矢を放つ。
さっきとは比べ物にならない速さで飛んだ矢は、洞窟さそりの右のはさみを貫く。
「効いた!」
さそりが、機械音のようなかん高い音を上げる。どうやらあれがさそりの叫び声らしい。
「油断するから、そういうことにニャる」
さそりは、矢が刺さったままのはさみを振り上げ、さらに耳ざわりな高声を発した。さそり語は分からないが、憤怒しているのは分かる。
「さあ、ここからが勝負だニャ」
にゃあ介が言う。
その言葉通り、さそりはさっきまでのじりじりした動きが嘘のように、猛スピードで突進してきた。
わたしは小さく叫ぶ。
「……速い!」




