第八十八話 特別授業
わたしは、教室でうずうずしながら先生がやってくるのを待っていた。
窓からは傾きかけた日が射しこんで、教室をいつもと違った印象にみせる。
授業後、わたしは魔法の特訓を受けるため、今日はすぐ寮に帰らずにここにいるのだ。
エスノザ先生による、魔法の特別授業。
どんな授業だろう……わくわく!
夕暮れの景色を窓から眺め、はやる気持ちをおさえる。
赤と黄金に彩られた雲がゆっくりとながれ、その下の湖の水面が空の紅を反射して美しい。
やがて扉が開いてエスノザ先生が姿を現す。
「ごきげんよう、ミオンさん。今日の生徒はあなたひとりですね」
「はい、エスノザ先生! 今日はよろしくお願いします!」
いったいどんな授業が始まるのか待ちきれない。
先生による本格的治癒魔法の実演?
あるいは、超実戦型の魔法演習?
ひょっとすると秘密の大魔法の伝承だったりして!
期待に胸を膨らませるわたしに、エスノザ先生は静かな声で言った。
「では、今日は魔力を練る練習をします」
カク。
頭が落ち、首が鳴る音がする。
えー……また魔力を練る練習? 授業で散々やってるんですけどぉ~!
と思わず顔に出てしまったのか、エスノザ先生は片眉を上げて微笑する。
「基本中の基本ですが、これが応用にもなる。今回は少し高度なやり方を教えます」
先生はコホンと咳をする。
「授業では、集中して魔力を練ることを教えています。戦闘で使うことは想定していませんからね。家事や生活を楽にするために魔法を習いに来た人たちが大半ですので」
たしかに、授業は生活に使うことに重きを置いた内容が多い気がする。
「では戦闘時、いかにして魔法を効果的に使用するか」
帽子のつばを軽くつまんで被りなおすと、先生は言った。
「通常時、常に魔力を練っておく。常に、魔法発動の手前の状態にしておくのです。この練習をやっておくと、魔法の威力も増すし、初動で出遅れることがなくなる」
「!」
ピンとくるものがあった。……これ、レッサー・ドラゴンの対策になるかも。
あのとき、ドラゴンは魔力を練るわたしの手元を読んで、攻撃をかわしていた。
初動を早めれば、敵に手元を読まれることがなくなるのでは?
「平常心を保ちながら強く魔力を練るのは、なかなか難しい。やってみてください」
「は、はい!」
気を取り直したわたしは、静かに魔力を練り始める。
「私がハイ、と言ったら、即座に手のひらに炎を発生させてみてください」
エスノザ先生は、そう言うと沈黙した。しばらくして、手をたたく。
「ハイ」
わたしは先生の合図で炎を発生させようとするが、うまくいかない。
いままで、魔法発動は自分のタイミングでおこなっていた。急に出せと言われてやるには、やはり、たえず魔力を練った状態を保っておかなくてはならないのだ。
魔力を練った状態をキープ。これがやってみると、以外と難しい。
「それでは消して」
魔力をコントロールし、わたしは発生した火の玉を消す。
「ハイ」
また合図。わたしは慌てて炎を出そうとする。
先生の特訓は続いた。
「ハイ。遅いですよミオンさん。ハイ。ハイ!」
時間はあっという間に経ち、特別授業が終わる頃には、わたしはヘトヘトになっていた。
「それではおひらきにしましょう。これ以後、いつでも常に、極端に言えば寝るとき以外は魔力を練った状態を維持すること。……お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございました」
つ、疲れた……。今日はぐっすり寝られそうだ。
わたしはへろへろした足取りで、教室の出口へ向かう。
教室を出たその瞬間、後ろから先生の声が響いた。
「ハイ!」
振り返りざまに、炎を発生させてみせるわたし。
「そう!」
エスノザ先生は、にこやかに笑い、わたしに人差し指を向けた。
◆
それからわたしは、先生に言われたとおり常時魔力を練ったままでいる訓練をした。
いつなんどきでも、即座に魔法を放つことができる、そういう状態をキープする。
はじめはすぐに集中力が切れてしまったけれど、徐々にキープできる時間が伸びていった。
「にゃあ介、わたし、魔力のコントロールがうまくなってきてるかも」
うれしくなって、にゃあ介にそう話しかける。
(ふむ。たしかに効果のあるトレーニング法のようだな。エスノザというやつ、なかなかやるではないか。餅は餅屋か)
目に見えて効果が出ると、やる気ものってくるものだ。
そうじゃなくても、大好きな魔法のトレーニングをしているのだと思うと、ほとんど苦にはならなかった。
わたしはあらためて、自分の目標を再確認する。
大魔道士になる。
なってみせるんだ。
ようし、がんばるぞ。もっと魔法に習熟してやろう。
わたしは決意を新たにして、練習に取り組みはじめた。
そして、こうなると実戦で試してみたくなるのが人の常。
「ああ、実際に戦ってみたいなあ」
今度は、戦いたくてソワソワと授業に身が入らなくなりそう。
そんなとき、わたしはあるウワサを耳にした。




