第八十七話 リーゼロッテの弓
トレーニング場としている草原の中心に、リーゼロッテは佇んでいた。
わたしとセレーナ、そしてにゃあ介はリーゼロッテを遠巻きに見守っている。
まわりの木々を揺らしている風が、すこし止んだ。
「強き霊魂この身に宿り、悪しきを挫け」
身体強化魔法を詠唱するリーゼロッテの声が響く。
「シュタルク・フォルティトゥード」
彼女の腕の筋肉が、ぴくり、と動く。魔法成功のようだ。
「よし」
軽く右手を握ったり開いたりした後、リーゼロッテは弓を構えた。
弦をゆっくりと引いていく。
ぎりり、と弓のしなる音が鳴る。
引き手はリーゼロッテの顔から遠く離れ、弓は折れてしまうのではないかというほどの孤を描いている。
「いけー、リーゼロッテ!」
リーゼロッテが矢を放つ。
びゅんっと音を立てたかと思うと、矢はリーゼロッテを離れ、立ち木を掠める。
あまりの速さにぶれて見える矢は、ヒイィィと鳴くかのように空気を裂き、みるみるうちに丘の彼方へ飛んでいった。
「すごっ!」
「すごいわ!」
「ふむ。改善の余地大だが……なかなかのものだニャ」
「ふう。まだ、照準に難はあるが……」
リーゼロッテは弓を下ろし、言う。
「上手く行けば、戦力になりそうだな」
「ええ、まちがいないわ」
「うん。すごいよ、リーゼロッテ」
わたしは心から感心せずにはいられなかった。
そのあとわたしたちは、いつものように日が傾きかけるまでトレーニングをした。
赤い太陽の前に木々の黒いシルエットが重なる。
「リーゼロッテの弓、ホントにいい戦力になりそう!」
「まあ、狙いをはずさなければな」
そう謙遜するリーゼロッテだが、その目は輝いている。
わたしは羨望の眼差しで見つめる。あたらしい技を手に入れたリーゼロッテは勇ましい高揚感に満ちて見えた。
「……わたしも強くなりたい!」
つい口をついて出た。
「強くなりたい……か。ミオンよ、おまえの目標は何だ?」
にゃあ介が、岩の上からわたしを見据え問いかける。
わたしの目標……? それは……
「……大魔道士になる!」
そうだ。それがわたしの目標。
魔法を操ってカッコ良く活躍するのが、小さな頃からの夢。
そのためには、何者にも負けない力を手に入れること。
どんな魔物にだって負けない、魔法の力を。
「それには、魔法の特訓をしなくちゃ。でも……」
やり方がわからない。
「どうすればいいんだろう……」
どうやったら、偉大な魔導士になれるのか、見当もつかない。
「ばかね、ミオン」
セレーナが優しく言った。
「え?」
「あなた、今どこにいると思っているの?」
どこにいる? どこにいるってそりゃあ……、
「あ」
そうか、そうだった。
すっかり忘れていた。灯台下暗し。
何を考えていたんだわたしは。求めるものは、すぐそこにあるじゃないか。
「そうか、そうだよね」
そうだとも。だって……、
なんといっても、ここは魔法都市ルミナスだ。
◆
「魔法の特訓を受けたい?」
エスノザ先生は口髭を触りながら訊いた。
「はい! 先生に時間さえあればですけど……」
わたしは、授業後に教室に残り、エスノザ先生に頭を下げてお願いしていた。
あらためて考えても、先の戦いでの敗因には魔法が役に立たなかったことがある。
魔法の使い方に、何かブレイクスルーがなければ、ドラゴンに勝てない。
しかし、独学では限界がある。
それを頼むなら、やっぱりエスノザ先生しかいない、そう思ったのだ。
「先生、お願いします。わたし、もっと魔法を学びたい!」
「ふむ……いいでしょう」
エスノザ先生は帽子のつばをちょいと触ると、答えた。
「ルミナスの学生は勉強熱心ではあるのですがね。みな、ひと通り魔法を学ぶだけで満足してしまう。向上心のある生徒、私は好きですよ」
そして窓の外へ目をやり、言った。
「魔法は本来もっと強い。戦闘に益することもできる。ヒネック先生と方向性は違えど、私も同じことを考えているのですよ」




