第八十五話 休暇の終わり
「レッサー・ドラゴン、倒しました」
「ううう、うそをつくなうそを!」
無精髭の酔っぱらいは、あやしい呂律で叫び立てる。
「本当です。これ……」
わたしはレッサー・ドラゴンの魔石を革袋から取り出して見せる。
受付の人は魔石を受け取ると、訝しげにそれを検分する。
「こいつは……」
そして、ポケットから慌てて鑑定用のレンズを出し、片目にはめる。
「本物か? 偽物だろ? なあ……なあ?」
「ちょっと黙っててくれ」
男の人は、そう言って酔っぱらいを押しのけると鑑定を続ける。
半透明な鈍色の石の中に、小さな火のような明かりがちらちらと揺れている。
「どう見ても本物だ……」
レンズをぽとり、と手のひらに落とし、受付の男の人は言った。
「なんだって!」
口から泡を飛ばす酔っぱらいの男。
「あ、あと報酬は炭坑夫の方たちにもう貰ったのでいらないです。……それじゃ失礼します!」
わたしは、魔石を受け取るやいなや踵を返す。
「おい、おまえたちちょっとま――」
「もっと詳しく聞かせろ! 一体どうやって……」
後ろから受付の人と長髪の酔っぱらいの男のわめく声が聞こえるが、わたしはセレーナとリーゼロッテの背中を押して足早にギルドから立ち去った。
「ミオン、大丈夫?」
「どうしたんだ、ミオン?」
ギルドを出ると、セレーナとリーゼロッテが声をかけてくる。
「……うん、ごめん」
足元に視線を落とす。
「自分の力で倒したわけじゃないのに、いたたまれなくって」
顔をあげて、苦笑する。
セレーナがそんなわたしを元気づけるように言った。
「戻りましょう、ルミナスに。そろそろ休暇も終わりですもの」
◆
馬車を降りると、夕焼けだった。
丘を染める陽はすこし紫がかった赤で、柔らかな草、緑の野、背の高い立ち木といったものを、不思議な美しさに変えていた。
高台から見下ろすルミナス学園都市の街並みはあいかわらず壮観で、三色に分けられた屋根屋根が目をたのしませる。
初めてルミナスへ来たときと同じ場所に降り立ったわたしは、妙な懐かしさを感じる。
「あー、はやく寮に帰って、ベッドに寝転びたい!」
「ふふ、そうね」
「同感だ」
セレーナとリーゼロッテも同じ気持ちだったらしく、小さく笑う。
わたしたちは高台からの道をくだり、早足で寮へと向かうのだった。
◆
魔法学校の休暇は明けた。
今日からまた、通常通り魔法の授業だ。
待ち遠しかった今日がやってきたのだ。気合を入れないと……。
しかし、なんだか腹を空かせた子犬みたいに、身体に力が入らないのだった。
わたしとセレーナは、並木道でリーゼロッテとおちあい、一緒に学校へ向かった。
登っていく坂道、木々の間から漏れくる陽光が眩しい。
やがて坂の上へ出ると、数日ぶりの魔法学校が目の前へ姿をあらわす。
「ガーリンさん、おはようございます」
ルミナスの守衛、ガーリンさんに挨拶をする。
「おう、ミオンにセレーナ、リーゼロッテ! ひさしぶりだの。休暇は楽しんだか?」
ガーリンさんの髭面が、くしゃっとしたにこにこ顔にかわる。
「はあ、まあ……」
もごもごいうわたしにガーリンさんは、
「どうした、フヌケた声だして。しっかりせい!」
と言いながら、バン! と背中を叩く。思わず口から何か飛び出そうになる。
がっはっはと笑うガーリンさんに見送られ、わたしはヨタヨタした足取りで校舎へと向かった。




