第八十二話 再び炭坑の町
わたしたちは、コルトンへの道を言葉少なに歩いていた。
辺りはもう薄暗くなっている。
やがて、夕闇の中にオレンジ色の街の光が見えてきた。
コルトンに着いたわたしたちは、いちおう馬車乗り場へ確認しに行ってみた。
今日のうちにポートルルンガへ向けて出発できれば、と思ったのだ。
しかし乗合馬車の乗り場は静まり返っており、誰もいない。
すこし辺りを歩いて人を探す。
すると一人のおじいさんが道の縁石に座って葉巻のようなものをくゆらせているのを見つけた。
「ポートルルンガ行きの馬車? 今日はもう出ておらんよ」
おじいさんはうろんな目つきでそう言った。
「にしても今日は珍しく静かだのう」
薄闇の中、おじいさんの葉巻の火が蛍のように明滅する。
きのうは夜遅くまで響いていた岩を掘る音が、今夜はまばらに聴こえる。
「仕方がない、もう一日ここに泊まっていこう」
リーゼロッテが諦めたようにそう言う。
「そうね」
「うん」
わたしたちは、昨日も泊まったあの宿へ戻ることにした。
その日は、みな無口で、夕食をとるとすぐ眠ってしまった。
ほとんど徹夜だったし、疲れが溜まっていたのだ。
◆
「通しとくれ! あたしゃ、なんとしても会わなきゃならない」
さわがしい音で目が覚めた。
聞こえてきたのは女性の大きな声。
身体を起こすと、いつのまにか窓から朝日が差し込んでいる。
気持ちは落ち込んでいたけれど、睡眠はたっぷりとれたみたいだ。
声の主の女性は、宿の階下で叫んでいるらしかった。
「なにかしら?」
セレーナが起き上がって、小首をかしげている。
「なにかあったのかな」
わたしとリーゼロッテも布団から出て、声に耳をかたむける。
「ここに泊まってるって聞いたんだよ、会うまであたしゃ帰れないよ!」
扉を隔てていても、ゆうに聞こえるその声は、どこかで聞き覚えがあった。
どこでだったっけ……?
そうこうしているうちに、どたどたと足音がしたかと思うと、突然、扉が開いた。
そして入り口から一人の女性が姿を現した。
「やっぱり、ここにいたのかい!」
「あっ!」
それは、ポートルルンガからの馬車に乗り合わせた、あのおばさんだった。
「ドミンゴの実のおばさん!」
おばさんは、両手を大きく広げ、顔には満面の笑みでこう言った。
「あんたたちが、息子をたすけてくれたんだって?」
「え?」
一瞬とまどうわたしたち。
そういえば、おばさんは炭坑で働く息子がいる、と言っていた。その息子に会いにコルトンへやって来たとも。
「まさか、おばさんの息子って、ガンツァさん……?」
それを聞くなり、おばさんは駆け寄ってきて、わたしたち一人一人を、つぶれそうなくらいぎゅうっと抱きしめはじめた。
「ありがとう! あんたたちがいなかったら、息子はどうなっていたか……」
セレーナを抱きしめながら、おばさんは言った。
「なんとお礼を言ったらいいか!」
「お礼なんていいんです」
今の抱擁で完全に目が覚めたわたしとセレーナは、同時にそう言う。
「私は担いでいっただけだ」
抱きしめられて、おばさんの腕のあいだから顔だけ見えるリーゼロッテが、ずり落ちた眼鏡を直しながら言った。
「いいや! どんなに言っても足りない。ありがとう、ありがとう、ありがとう!」
おばさんは、またわたしたちに抱きついてきそうな勢いだ。
わたしは慌てて、
「あ、あの、息子さんは大丈夫なんですか?」
と訊いた。
「おかげさまで、大分良くなったよ。それよりも、息子の命の恩人を、このまま帰すわけにはいかないからね!」
するとおばさんは手招きをしながら、
「ちょっとあたしについてきとくれ」
そう言って、わたしたちを扉の外へ促した。




