第八十話 敗戦※挿絵あり
にゃあ介は簡単そうに言うけれど、それがどれだけ難しいことか、わたしにはわかっていた。
ドラゴンの鱗の硬さ、動きの素早さは尋常じゃない。
とにかく、にゃあ介の邪魔をしないように、わたしは引っ込んでいるしかなかった。
「さあて、どうするニャ? ノラ公」
睨み合いを続けるにゃあ介とレッサー・ドラゴン。
丘の上に静けさが満ちる。
二者は同時に動いた。
レッサー・ドラゴンが襲いかかる。
にゃあ介が跳ぶ。
さっきまで立っていた地面がドラゴンの爪で削り取られる。
「ほう、いい爪ニャ」
にゃあ介は着地すると、今度は横へ跳ねる。
ドラゴンの第二撃が、空を切る。
(速い……にゃあ介って、やっぱりすごい)
「三人とも、ワガハイの戦い方をよく見ているニャ」
にゃあ介は静かに言い放った。
そして、ぺろり、と口を舐める。
「まず、怖がって大きく避け過ぎないこと」
左からくるドラゴンの爪を、紙一重で避ける。
「大きく避ければ、体勢を崩しやすく隙ができやすい」
右からの攻撃も同様。
「逆に、小さく避ければ力もいらず、相手の隙を狙いやすくなる」
牙で噛み付こうとするドラゴン。
にゃあ介はスレスレで跳ぶ。
「このノラ公は、随分硬い鱗をお持ちのようだ」
また左の爪が来る。
「ワガハイにかかれば、その装甲を切り裂くことも可能ではあるが……」
そして右。
「弱点を見抜くことも重要だ」
牙……ドラゴンの攻撃は当たらない。
「よく観察して、弱い部分を探し出す」
業を煮やしたドラゴンが、両方の前足で襲いかかる。
にゃあ介はそれを、またぎりぎりでかわし――
「例えば、ここはどうかな?」
にゃあ介がルミナスブレードをドラゴンに向かって一突きする。
途端に、レッサー・ドラゴンが悲痛な声を上げる。
ドラゴンは、首を振り、アゴを地面に擦りながら後退する。
前足でしきりに顔の先をかばっているようだ。
「やはり、柔らかい」
にゃあ介は、短剣をドラゴンの鼻先に突き立てたのだ。
ドラゴンは体勢を立て直し、にゃあ介を睨みつける。
そして咆哮。
レッサー・ドラゴンは憤怒しているようだった。
炎を吐きながら、猛スピードで突進してくる。
ドラゴン自慢の武器、炎、爪、そして牙。
すべてをひらりひらりとかわし、にゃあ介は言った。
「そして、例えば、ここ」
にゃあ介は、短剣をドラゴンの右目に刺す。
「わかりやすい弱点だニャ」
ドラゴンのすさまじい叫びが辺りに響き渡る。
「いま楽にしてやる」
にゃあ介はそのまま力任せに剣を横へ払う。
ドラゴンの顔が切り裂かれ――
バシュッという甲高い音とともに、レッサー・ドラゴンは魔石化した。
◆
「疲れた。しばらく話しかけニャいでくれ」
そういうとにゃあ介は黙り込んだ。
セレーナとリーゼロッテが寄ってくる。
「助かった……」
「よかったわ、ミルがいてくれて……」
みんなが安堵のため息をつく中、わたしは言った。
「よくない。全然よくないよ」
「ミオン……」
「ごめんね。わたしのせいで、あんな危険な目に遭わせて」
「ミオンのせいではない。気にするな」
「そうよ。私たちは、自分の意志で来たのよ」
セレーナたちが優しくなぐさめてくれる。
……何にもできなかった。
二人を危険にさらして、最後にはにゃあ介に助けてもらった。
「わたしたちの、負けだわ」
わたしは泣いた。
「悔しい……。悔しいよう……」




