第七十九話 遭遇
木々の間を走り抜ける。
顔や太腿に打ちつける木の枝を無視して、ひたすら走る。
小道に刻まれた轍の跡をただ無心で追う。
「待て!」
不意に立ち止まったリーゼロッテの背中に鼻をぶつける。
屈みこむリーゼロッテの肩越しに先を窺う。
光る石の山が見えた。
「あれがラクナイト鉱石――」
ラクナイト鉱石は太陽の光を反射してキラキラ光っていた。
――そして、倒れた荷車。
そこにやつはいた。
硬い鱗に覆われた身体、鋭い爪、尖った牙。
唸り声を上げる巨大な魔物。
レッサー・ドラゴン。
◆
「……人が!」
「大変!」
ドラゴンの傍らに、人が倒れている。
襲われたのだろうか、倒れたまま動く気配がない。
すぐにリーゼロッテが弓を手にして、言う。
「油断するな」
急な遭遇ではあったが、いつ対峙してもいいように心構えはしてあった。
「ええ」
「もちろん」
わたしたちは覚悟を決める。
事前に立てた作戦では、まずリーゼロッテが弓で、わたしとセレーナが魔法で、遠隔から攻撃する算段だった。
それでもダメだった場合は、直接斬りつけるしかない。
「3で攻撃。いいか?」
わたしたちはみなうなずく。
「いち、にの、さん!」
リーゼロッテが飛び出し、矢を放つ。
と同時に、ドラゴンの首がこちらを向く。
放たれた矢はドラゴンの背に当たった……しかし、固い鱗に矢はいとも簡単に跳ね返される。
「ダークフレイム!」
セレーナが炎の魔法で攻撃する。
だが小さな炎の玉はドラゴンの鱗で弾け、ダメージを与えたようには見えない。
「ミオン、私の魔法じゃ効かない!」
「任せて!」
魔力を練っていたわたしは、手元で炎を大きくする。
「いっけぇぇ!」
育った炎をドラゴン向けて放つがしかし――
レッサー・ドラゴンは横へ跳ねて、わたしの魔法をかわす。
炎は、何もない丘の一部にあたって火柱を上げる。
「あんなに速いの!?」
その体躯からは想像できないスピードで、ドラゴンは火弾をかわした。
「ミオン、やつは手元を見て、炎の弾道を読んでいる!」
二の矢三の矢を放ちながらリーゼロッテが言う。
つまり、避けられないためには、魔力を練らずに、即座に放たなければならないってこと?
でも、それじゃ充分な威力は得られない……!
「だめ……! 遠隔じゃ無理だ。セレーナ!」
セレーナはエリクシオン、わたしはルミナスブレードを抜く。
「いくよセレーナ!」
「ええ!」
「リーゼロッテ、援護して!」
わたしたちがドラゴンへ向かって駆け出そうとしたとき、突然リーゼロッテが叫んだ。
「待て!」
「どうしたの?」
「音だ。あの音!」
リーゼロッテに言われ、耳を澄ます。
ドラゴンの腹から、ゴロゴロという低い唸りが聞こえてくる。
「炎を吐こうとしている!」
「ウワオギを!」
わたしたちはドラゴンのブレスを軽減する魔法、ウワオギを唱える。
「ウワオギ!」
「ウワオギ!」
「ウワオギ!」
小さな魔力のつむじ風が、身体を包む。これで炎を吐かれても大丈夫。
の、はず……。
「よし、いくよ?」
「ええ」
「ああ」
リーゼロッテがまた矢を放つ。セレーナとわたしは、ドラゴンへ向かって駆け出す。
同時にドラゴンの口から炎が噴出された。
炎が身体に吹きつける瞬間、思わず目を閉じる。
「……大丈夫、効かないわ!」
セレーナの声。
目を開けると、炎はすでに止んでいる。
「うん、なんともない。……いこう、セレーナ!」
わたしとセレーナは、身を躍らせてドラゴンの身体に斬りつけた――しかし。
「硬い!」
完全に芯をとらえたはずのドラゴンの足には、僅かに傷がついただけだった。
「気をつけろ、二人とも!」
リーゼロッテの言葉に慌てて飛び退くと、ドラゴンの牙が、ガチン、と目の前で噛み合わされる。
その牙を見て震え上がる。
もうちょっとでズタズタにされているところだ。
「もう一回!」
しかし、何度斬りつけても、ドラゴンの装甲を剣が通ることはなかった。
ドラゴンはゆっくりとこちらへ向き直る。
わたしたちは、体を起こし、剣を構える。
しばらく、そのまま睨み合う。
ドラゴンが一瞬首を仰け反らせ――またブレスを放った。
強い炎が身体を包む――。
「効かないって……え? あ、熱い!」
「ウワオギの効果が薄れ始めてるわ!」
ドラゴンが攻撃してくる。
わたしとセレーナは、ドラゴンの爪を間一髪でかわす。セレーナが体勢を崩し、転びかける。
そこへドラゴンが狙いすました一撃を加えようとする。
「危ない!」
セレーナは、左手で地面を弾いて、なんとかドラゴンの爪をかわす。
リーゼロッテが弓で援護する。
しかし、彼女の放つ矢も、やはりまるで効いていない。
ドラゴンがうざったそうにリーゼロッテを睨む。
「だめだぁっ、逃げろぉっ!」
リーゼロッテが叫ぶ。
「逃げよう、ミオン!」
と、セレーナ。
セレーナは、倒れていた炭坑夫を担ぎ上げようとする。
何で? 何でこうなるの?
こんなはずじゃなかったのに――。
「はやく炭鉱へ!」
とにかく退却するしかない。
わたしはセレーナと一緒に、炭坑夫を担いで走り始めた。
炭鉱には、魔物除けの結界が張られている。
そこまで逃げれば、ドラゴンは追って来られないはずだ。
しかし――。
「ううっ、速すぎる!」
レッサー・ドラゴンの動きは、明らかにこちらより機敏だった。
大人を担ぎながら走って、逃げられるはずがなかった。
間に合わない。みんなやられちゃう――。
そのときだった。
頭の中に声が鳴り響いた。
(( かわれ、ミオン! ))
目の前の景色が一瞬、望遠鏡を逆さにしたみたいに遠くなる。
わたしの足が止まる。
「み、ミオン!?」
セレーナが叫ぶ。
わたしはゆっくりと振り向く。
「何してるの、早く……!」
わたしの口が勝手に動き……、
「二人とも離れるニャ」
と、「にゃあ介」が二人に忠告した。
「ミル?」
「ミルなのか? し、しかし」
「早く離れろ。死ぬぞ」
「……わかった。行こう、セレーナ」
「え、ええ」
セレーナとリーゼロッテは炭坑夫を担ぎ、走ってドラゴンから距離を取る。
レッサー・ドラゴンは唸りながら、そんな二人の後を追おうとする。
わたしはレッサー・ドラゴンに向き直った。
「おっと、お前の相手はこっちニャ」
ドラゴンの前に立ちはだかり、にゃあ介が言った。
(勝てる? にゃあ介)
わたしは、にゃあ介に訊ねる。
にゃあ介でも敵わなかったら、このままわたしたち……。
「勝てるか、だと?」
にゃあ介は言った。
「愚問ニャ」




