第七話 赤いやつ
突然、ラウダさんが言った。
「……! 気をつけて」
「えっ?」
森の中から騒がしい音がし始めた、と思うと、魔物が姿を現した。その数、三体。
さっき出会った敵、ゴブリンだ。あの気持ち悪い化け物が三体も。
「下がってください、ミオン殿」
そう言うと、ラウダさんは、腰の剣を抜いた。
わたしはおとなしくラウダさんの後ろへ下がる。足が震えていた。
異世界の化け物と対峙するのはこれで二度目。慣れるはずもなかった。
次の瞬間、ラウダさんの剣が一閃。ゴブリンをなぎ倒した。
キャベツの玉が弾けたみたいな音が三つ鳴って……三体の魔物はあっという間に魔石化した。
「つよーい。あなたがいれば、宿代なんて、あっという間ね!」
わたしが魔石化した『ゴブリン』を拾い集めてはしゃいでいると、ラウダさんが言った。
「相手がゴブリンですから……」
「そういえばラウダさん、よく『ゴブリン』一個で雇われてくれましたね……」
「まあね……。ミオン殿は駆け出しの冒険者のようでしたので」
「?」
「冒険者が増えるのを嫌がる者もおりますが、私は喜ばしいことだと思っておりまして……」
「立派!」
「いや、そんなことはありません。ただ、自分も駆け出しだった頃があったのを忘れたくないのです」
へえー、ラウダさん、やっぱりいい人だ。わたしが感心していると、ラウダさんが訊ねてきた。
「ところで、どの宿にお泊まりの予定ですかな?」
「わたし、あそこにあった一番高そうな宿に泊まりたいの」
「『シズの止まり木』のことですか?」
「シズ……?」
「宿の名前ですよ。シズというのはこのあたりに飛来する渡り鳥のことですな。……あそこだと、コレじゃぜんぜん足りませんよ」
「え、そんなに高いの?」
「あの宿に泊まりたいんだったら、ゴブリンガードを倒すのが手っ取り早いでしょうな」
「ゴブリンガード?」
「そう、さっきのが、ふつうのゴブリン。ゴブリンガードは、赤いゴブリンで、ゴブリンのざっと5倍の強さがある。宝石もその分高い」
「赤いやつね! わかった!」
「あ、ちょっと!」
わたしは、颯爽と駆け出した。後ろで「やれやれ」、と声が聞こえる。でも、ラウダさんのあの強さなら、どんな敵が出ても一発よね?
森を回りこんで、走っていると、急に、目の前にそいつが現れた。
赤いモンスター。
「キャーッ。ラウダさーん!」
わたしが叫ぶと、ラウダさんの走ってくる足音が聞こえる。
「ミ、ミオン殿!」
「おーい、赤いの出たよー。早く倒して!」
「そいつは赤いけど、ゴブリンじゃない。レッドリザードだ! Dランクの俺じゃ、一人で倒せるかどうか……」
「え、そんな……」
「はやく逃げるんだ!」
「あは。でも、腰が抜けちゃって……」
トカゲの化け物……レッドリザードが、こちらへ向かってにじりよってくる。
「うおぉぉーっ」
ラウダさんが、果敢に剣を振りかざして突進した。しかし……。
「ぐあっ」
レッドリザードは、尻尾をムチのように振り回し、打撃を加える。ラウダさんの体が吹っ飛ばされ、手から剣が落ちる。
「くそっ」
片膝をつくラウダさんに、レッドリザードが舌をチロチロと出しながら近づく。
だめだ、どうしよう……。ラウダさんがやられちゃう。
わたしはとっさに足元の石を拾って、魔物に投げつけた。
「こっちよ!」
レッドリザードがこちらを振り向く。その爬虫類のような目に憤怒の色が見える。
わーん、やっぱりやめておけばよかった……。
後悔先に立たず。敵がわたしに向かって突進してくる。右腕を振りかぶり、わたしに向かって振り下ろす。……その鋭い爪!
「ミオン殿! 逃げ……」
「きゃあっ」
わたしは横へ跳び退き、間一髪、それを避ける。
すかさず、リザードのムチのような尻尾が左側から襲い来る。
わたしが必死で伏せると、頭の上をヴンッと音が駆け抜ける。
ラウダさんが息を呑む。
「こ、こないでよー」
わたしが泣きながら後じさりすると、トカゲの化け物は、涎を垂らしながら近寄ってくる。
も、もうダメだ。
そう思ったそのとき。魔物の後ろから、ラウダさんの剣が見える。
「うおぉっ!」
ラウダさんの掛け声とともに、わたしの目の前で、レッドリザードの脳天は真っ二つになった。
◆
「それじゃあ、どうもありがとうございました」
「ああ、こちらこそ」
ラウダさんが手を差し伸べてくる。
「本当によろしかったんですか。素材頂いてしまって」
わたしはその手を握り返した。
「いいんですいいんです。宿代が出れば、御の字!」
レッドリザードは、死んでも宝石にならなかった。この世界には、魔石化する敵と、しない敵がいるんだって。そのかわり、ラウダさんはリザードから素材をはぎ取って、わたしに宿代をくれた。素材はもっと高く売れるから、いいんです。そうラウダさんは言った。
「本当にありがとう、ラウダさん。全部あなたのおかげよ」
「ミオン殿はどこで修行なされたのです?」
「修行?」
「あの動き、到底Fランクとは……」
「?」
「いや、なんでもありません。それではまた」
「……また、よろしくお願いします」
そうして、わたしはラウダさんと別れた。
いい人だったな、ラウダさんも。この世界って、いい人ばっかりなのかしら。
しかし、わたしはこのあとすぐ、その楽観的な考えを裏切られる出来事に遭遇することになる。
「さあ、お宿お宿~♪」
脳天気に鼻歌を歌いながら、わたしはあの高級宿、<シズの止まり木>を目指して歩き始めた。