第七十三話 お泊り会
「聞いたことないか? 女三人組の冒険者のウワサ」
「知らない、なんだそれ」
炭坑夫の一人が訊ねる。
「俺、小耳にはさんだことあるぞ。女ばかりの三人組だろう?」
するとそこにまた別の炭坑夫が割り込んできて、
「その話なら、俺も聞いたことがあるぞ。なんでも、ゴブリンの群れを森ごと焼き尽くしたらしい」
「おい、俺にも聞かせてくれ」
彼らの話に、他の者たちも興味津々の様子で集まってくる。
炭坑夫たちはわたしたちそっちのけで、ウワサの女三人組について談義をはじめた。
「なんだって? 魔法で? 冗談だろ」
「いや、その場に居合わせたDランク冒険者が見たっていうぜ」
「本当かよ? 本当なら……そりゃすげえな」
「そいつらの名前は……たしか……そう、ルミナスの導く三日月!」
わたしたちを置き去りに、坑夫たちは盛り上がっている。
「パーティは若い女三人組らしい。先鋒をつとめるは、容姿端麗・才気煥発、剣の鋭さでは右に出るものはいない、謎の女剣士」
「次鋒は、弓を放てば百発百中、頭脳明晰、豊富でたしかな知識の持ち主、メガネの女弓使い」
「そして最後は、獣のようなスピードで敵を翻弄し、その剣は骨をも叩き切る。その上、かつての伝説の大魔道士をも思わせる強大な魔力をあわせ持つ」
ウフ。おもわず笑みがこぼれそうになる。わたし、有名人じゃん。
「そう! その女こそ、人ならぬ獣人族の……」
男たちは異口同音にこう言った。
「ブタ女!」
ずるー、とわたしは盛大に足を滑らせて転んだ。
「いてて……」
「おう、どうした嬢ちゃん!」
「い、いいえ別になにも……」
ぷるぷると震える手を地面について起き上がりながら、そう答える。
「しっかりしなよ、嬢ちゃん。……そういえば、嬢ちゃんも獣人みたいだけど、まさか本当にウワサの三人組のひとりってことはないよなあ?」
「え……」
わたしは言いよどむ。すると、
「おいおい、いくらなんでも、こんなに若い女の子じゃないだろう」
「なあ、嬢ちゃん、がんばって上を目指しな! そのうち、みんなにウワサされる、導く三日月の女戦士たちみたいになれるかもしれないぞ」
そう言って、炭坑夫たちは笑った。
◆
「うふふ。おかしかった」
「ははは、あんな噂が立っているとはな」
宿に着くと、セレーナとリーゼロッテの二人はそう言って笑った。
「笑いごとじゃないよ……二人はいいけどさ」
わたしは膨れながら、部屋に入る。
床を見ると、毛布が用意されていた。
三組の毛布は、部屋ピッチピチに敷かれていて、他に足の踏み場もない。
「ブタ女とは何よ、ブタ女とは」
(まあ、そうカッカするニャ。たいして見た目に違いはニャい)
にゃあ介はわれ関せずといった感じだ。
「ちょっとそれどういう意味よ。にゃあ介だって、ブタ呼ばわりされたわたしの一部なんですからね」
(……ふむ。たしかにそう考えると少々聞き捨てならニャい)
にゃあ介はこう続けた。
(今度会ったら、言ってやれ。ブタではなく、ネコだと。それも高貴にして崇高、偉大なるネコの中のネコ、ミルヒ……)
「あんた雑種じゃなかったっけ?」
(…………)
「でも、あまり大きなウワサにならないといいけど」
セレーナはそう言う。
「そうだな。また学校で大騒ぎになっても困る」
と、リーゼロッテ。
「もう手遅れっぽいけどね……こんな炭坑町までウワサが広がってるし」
「そうか」
「うーん」
みんな腕を組み、困惑顔。どの世界でも、人の口に戸は立てられない、か……。
「ま、しょうがない」
わたしは気持ちを切り替えるようにそう言い、毛布の上にごろん、と横になる。
「なるようになるよ」
「そうだな」
「そうね。それじゃあ、明日に備えて、眠りましょう」
セレーナの言葉に、わたしは思わず飛び起きた。
「何言ってるの? 夜はこれからじゃない!」
わたしが言うと、
「これから?」
「これからって、何だ? 何かあるのか?」
不思議そうな二人。
「え? それはえっと、まくら投げとか、ほら、女子会とか……」
「???」
「…………」
言葉に窮するわたし。
「さて、もう寝ましょう」
セレーナが言う。
「そうだな」
と、リーゼロッテ。
「えー」
異議を唱えたのはわたしだけで、みんな寝床に入り、目を閉じてしまう。
「なによー、まだ早いよー」
せっかく三人で初めてのお泊り会だっていうのに……
(ねろ)
にゃあ介まできっぱりと言い放つ。
「なによなによ、わかったわよ。寝ればいいんでしょ寝れば」
「何を怒っているのだ?」
「さあ……」
セレーナとリーゼロッテが囁き合う。
「怒ってません!」
「怒ってるではないか」
「どう見ても怒ってるわ」
「もー寝る!」
わたしはそう言って目を閉じた。




