第七十二話 ウワサ
寝ぼけ眼をこすりながら馬車から降り、わたしは大きく伸びをした。
「身体固まっちゃった……」
「ふふ……そうね、大分長かったものね」
セレーナとリーゼロッテも窮屈な思いをしていたのだろう。両腕を頭の上で広げたり、肩を揉んだりしている。
「じゃあね、嬢ちゃんたち。気をつけてね」
「はい、ドミンゴの実、ありがとうございました!」
手を振るおばさんにわたしはおじぎをする。
「さて、とりあえず宿さがさないとね」
頭を上げてあたりを見回してみる。
炭坑の町コルトンは、それほど大きくはないが、妙な活気に溢れた町だった。
通りにはいく筋もの車輪の轍が刻まれており、そこかしこを炭坑夫らしい武骨ななりをした男たちが往き来している。
軒を並べる赤茶けた土壁の建物はなんとなく薄汚れて見えるが、中からは坑夫たちの掛け声や笑い声が賑やかに聞こえてくる。
「あ! あれ宿屋さんじゃない?」
わたしは、一番初めに目に入った灰色の建物を指差す。
わたしたちはとりあえずその建物へと通りを歩く。
その間にもせわしなく坑夫たちが行き交う。
「なんか……わたしたち浮いてない?」
汗だくのまっ黒な男たちに紛れて女の子三人で歩いていると、なんだか場違いに思えてくる。
「気にしない気にしない」
少々すすけたその建物に辿り着く。見上げると、やっぱり宿屋らしい看板が上がっている。
「たしかに……宿屋みたいだな」
「やったー、いきなり宿屋さんみっけ」
宿には都合よいことに空き部屋があった。
狭いけれど、なんとか三人、寝れないことはない。
三歩で歩ける部屋の端まで行き、窓から外を眺める。
どこからか、カーン、カーンと岩を掘る音が聞こえてくる。
「さて、どうしよっか?」
「そうね……」
「今日はもう日が暮れそうだし、とりあえず情報を集めに行ってみるか」
リーゼロッテの提案に従って、わたしたちは町の酒場へと向かった。
◆
「ドラゴン? ああ、それだったら、西の第三坑道のことだな」
坑夫は言う。
宿屋近くの酒場で、わたしたちは、坑夫に質問していた。
魔法学校の教室と同じくらいの大きさのこの酒場は、仕事を終えた坑夫たちでいっぱいだ。
丸太椅子に座ってテーブルを囲み、ジョッキ片手に楽しそうに騒いでいる。
「第三坑道の近くで、俺たちの仲間が襲われた。だから俺たち坑夫みんなでつくっている組合が、討伐依頼を出したんだ」
坑夫は、少し困った顔になり、
「けどやっぱりドラゴンとなると、請け負ってくれる人もなかなかいなくてな……。おちおち仕事もしてられない。どこか名のある冒険者パーティが、倒しちまってくれるといいんだが」
「なるほど……」
わたしがうなずいているうちにも、酒場の入り口から他の坑夫たちが何人か入ってくる。
「あの、わたしたちが請け負う、って言ったら、どうします?」
わたしはそう訊いてみた。
そして、おそるおそる坑夫の様子をうかがう。結果から言うと――
死ぬほどウケた。
初め、きょとんとした顔をしていた坑夫は、弾かれたように笑い出し、しばらく笑いは止まらなかった。
「あのー……」
炭坑夫は、目に涙を溜めて笑い続けている。
「いやー、久々に笑わせてもらったぜ、嬢ちゃん!」
「そんなに笑わなくても……」
「これが笑わずにいられようか!」
「どうした?」
他の坑夫たちもやってくる。そして、
「女の子三人でドラゴン退治か。こりゃケッサクだ」
また笑い出す。
わたしが、ぷくーとむくれていると、ひとしきり笑い終わった一人の坑夫がこう言った。
「いやしかし、嬢ちゃんたちルミナスから来たって言ってたな」
「へえ、てことは魔法学校の学生か」
「ルミナスといえば……」
その坑夫は一段声を低くして、身を乗り出す。
「聞いたことないか? 女三人組の冒険者のウワサ」
そして顔の前で指を立てると、周りの男たちに向かって語り出した。




