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第七十一話 馬車の中で

 潮の匂いの微かに香る風が、街を通り抜けていく。

 海をのぞむ斜面に、赤い屋根の家々が建ち並ぶ。

 ずっと馬車の幌の中にいたせいか、陽が照り返す白壁が眩しい。


 港町ポートルルンガは、相変わらず美しかった。


「ねえ、せっかく海が近いんだからさ」


 わたしは提案した。


「ちょっと見ていこっか」


 以前訪れたときは、ルミナス行きの乗合馬車に乗り遅れまいと、観光する暇もなかったからね。


「海を? ……まあ」

「かまわないが……」


「じゃあ、行こ。なんか海見たい!」




   ◆




 わたしたちは、しばらく街の沿岸部を歩いた。


 白い砂浜に望む海は、コバルトブルーに透き通っていた。


「うわあー、綺麗だなー」


 わたしが言うと、


「大げさよ、ミオン」


 と、セレーナ。


「ううん。わたしの住んでたところでは、綺麗な海って貴重だったの」

「そうなのか?」


「あるとこにはあったんだけどね。まあ、わたしの知ってる海っていうのは……」


 田舎のおばあちゃん家の近くにある海は、黒くて、海藻だらけの海だった。


「こんなに透き通ってない。底が見えなくて、なんか恐怖感があるのよね」

「ふーん」


「あーあ、ちょっと泳ぎたいな」


(こらミオン。海水浴してる場合ではニャいだろう)


「はーい。……にゃあ介は固いなあ」


(人間の活動には、おのずから制約がなくてはならない、と福沢諭吉も言っている)


「何?」

「なーんか、難しいこと、言ってる」


(行動するには、時と場所をわきまえていなければならニャい)


「わかったわかった。……それじゃ、そろそろ、行く?」


「うん」

「うむ」

「よし!」


 わたしたちは頷き合って、足を踏み出した。




   ◆




 馬車の乗り場に着き、スナウ半島行きの馬車を人に訊く。

 すでに発車の準備に入っていたようで、馬車の扉が閉まっている。


「すみませーん、乗りますー!」


 呼びかけると、中から扉が開いた。

 わたしたちは急いで乗り込む。


「セーフ!」


 客車の中へ入ると、恰幅のよいおばさんが扉を支えてくれていた。


「ありがとうございます」

「いいのよ。それより早く座りな」


 わたしたちが腰を下ろすと同時に、


「しゅっぱぁーつ!」


 という馭者の掛け声が響き、馬車が動き始める。

 おばさんは、扉を閉めるとわたしたちにこう話しかけてきた。


「お嬢ちゃんたちは、どこへ行くんだい?」

「スナウ半島へ行くんです」


「へえ、炭坑見学にでも行くのかい?」

「はい、まあ、そんなところです」


「ふーん、私はね、息子が炭坑で働いててね。久しぶりに会いに行くんだよ」

「そうなんですかー」


 わたしがうなずいていると、おばさんはふところから、見覚えのある果実を取り出した。


「食べるかい?」

「ドミンゴの実!」


「ああ。息子が大好物でね、お土産に持っていくのさ」


 おばさんはドミンゴの実のいっぱい詰まった麻袋を持ち上げて言う。


「わたしも大好物です!」


 おばさんはあっはっはと快活に笑うと、小さなナイフで実を切り分け、


「ほら、あんたたちも、ひとつあがんな」


 と、差し出してくれた。


「ありがとうございます!」


 わたしはすぐさまそれを口に入れ、もぐもぐと食べ始めた。


「うん、おいしい!」


 わたしがあんまりおいしそうに食べるからか、おばさんは、


「あっはっは、よかったよかった」


 とまた笑った。


「最近、ドミンゴの森に湧いた魔物を一掃してくれた冒険者パーティがいてね。また手に入りやすくなったんだよ」


「そ、そうなんですか」


 わたしたちは顔を見合わせてもごもご言う。


「冒険者パーティさまさまだよ。そうそう、スナウ半島といえば」


 おばさんは思い出したように、


「最近、炭坑の近くにドラゴンが出たらしいから気をつけるんだよ」


 と、忠告してくれた。


「は、はい。気をつけます」


 わたしはそう答える。

 まさか、そのドラゴンと戦いに行くとは言えなかった……。


 馬車はまた、ゴトゴトとその車体を揺らし始める。


 隣へ目をやると、外を眺めているセレーナの横顔が目に入る。

 フワフワとした金髪が、窓からの風に揺れている。

 小窓は、流れゆく景色から緩やかな丘陵を切り取っている――。




 いつのまにか、居眠りをしてしまった。


 かつお節をくわえたドラゴンを、にゃあ介が追いかけている変な夢から目覚めると、もう目的地だった。


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