第七十話 スナウ半島へ
その日から、わたしたちの部活動――特訓はさらに熱を帯びた。
「はっ」
「手首はまっすぐニャ」
リーゼロッテは、走る・筋トレ・弓を引く。
「やあっ」
「やるわね! でもこっちよ!」
わたしとセレーナは剣術の特訓。しかし今までとは真剣味がちがう。レッサー・ドラゴンと戦う――そんな大それた目標ができたからだ。
いつもの場所でそれぞれに、時には一緒になって特訓をする。
岩の上には、そんなわたしたちを見守るようにぬいぐるみのにゃあ介。
それから、三人で、魔力を練る練習。目を閉じ、深く呼吸し、体の中の魔力を手に集め、増幅させていく。
ルミナスの先生たちは、口を酸っぱくして言う。日頃から魔力を練る練習をするように、と。
たしかに、やればやるほど魔力のコントロールがうまくなっていく気がする。先生たちも、ただ伊達に繰り返しているわけではないのだ。
そして忘れちゃならないのが、黒魔法:<ウワオギ>の特訓。
ドラゴンのブレスを軽減するこの魔法は、レッサー・ドラゴンと戦うならば必須だ。
まずわたしが手本を見せる。
「ウワオギ!」
シュウッと風の音がして、周りの枯れ葉が舞い上がる。
「こうやって、つむじ風みたいなのが起きて、自分の周りを回り始めたら成功」
「それが魔法開始のきっかけなのね」
「ふむ……魔力の風を纏うことで、ブレスを軽減するのか……?」
リーゼロッテは顎に手を当て何やらぶつぶつと分析を始める。
「よし、ともかくみんなでやってみよう!」
わたしたちは横に並んで構え、
「深呼吸してー……いくよ!」
同時に呪文を唱える。
「ウワオギ!」
「ウワオギ!」
「ウワオギ!」
三人の声が、こだまみたいに荒野に響く。
夕日が枯れ木たちを赤く染め、影が長く伸びたのに気づくまで、
わたしたちのトレーニングは延々と続いた。
◆
いよいよ明日から休暇、というその日、生徒たちは校庭に集められ、校長先生の話を聞いていた。
「ウォッホン! さてみなさん、明日から休暇となります」
生徒たちの前で話す校長先生は、背中で手を組み、威厳ありげに振舞っているが、見た目は幼い女の子なので、なんだか変な感じだ。
「くれぐれも言っておきますが、遊びすぎて学業のことを忘れないように」
ガーナデューフ校長先生は言った。
おお、校長っぽい。やっぱり、どこの世界も校長先生の話ってこんなかんじなのかな。
そんな風に思っていると先生は、またウォッホン、と咳をして、
「ま、少しくらいは構わんがの」
とウィンクしてみせた。
うーん、やっぱり普通と違う。こっちの方が、わたし、好き!
◆
翌朝早く、わたしたちはルミナスを出発した。
銀色の馬が引く、乗り合い馬車に揺られて、一路、東へ。
スナウ半島へは、一度ポートルルンガを経由して行くのだ。
馬車の中で、わたしは思い出していた。
「ポートルルンガからルミナスへ向かう馬車の中で、セレーナと初めて出会ったんだよね」
「そうなのか?」
リーゼロッテが訊ねてくる。
「うん。すっごいお嬢様乗ってきた、って感じ」
「あら、何よそれ」
セレーナは不満そうだ。
「ははは。セレーナはミオンのことをどう思ったんだ?」
「うーん、こっちの調子を狂わされるっていうか。私、魔法学校へ入る子は、みんな敵だ、くらいに思ってたから……」
「えーそんなこと思ってたのセレーナ。じゃあ、わたし、ウザかった?」
「ウザ……?」
「あの、うっとおしいと思った?」
「何だか変な子だな、って思った」
「なによそれー」
あはは、と車内に笑いが起こる。
「それで、道中、魔物に出会ったりして……」
「魔物に? 一体どういう……」
馬車に揺られながらそんな他愛もない話をしていると、修学旅行にでも行っているような気になってくる。
入学試験、体力測定のこと、ガーリンさんのお手伝いのこと、
リーゼロッテに変態呼ばわりされたこと、魔法契約のこと、それにウィザーディングコンテスト――
三人の出会いからルミナスでの生活まで、話は尽きなかった。
あれやこれや話しこんでいるうちに、馬車はポートルルンガへ到着した。
◆
「次は、南へ行く馬車を探さないとな」
わたしたちが、街なかを歩いていると、うしろから急に呼びとめられた。
「おっ、そこを行くのは、いつぞやのお嬢ちゃんじゃないか」
振り向くと、どこかで見たことのある男の人だ。誰だったっけ?
「えーっと……」
気がつくと、そこは冒険者ギルドの前。
そうだ、声をかけてきたのは、以前このポートルルンガのギルドで魔法学校のことについて訊いた冒険者だ。
「あ! あの時はどうも……」
嫌な思い出がよみがえってきた。
あのとき、わたしは、みんなに笑いものにされ、大声で啖呵を切ったのだった。
思えば、ちょっと子供だった。もうカッとなるのはやめよう。
「それで? 魔法学校には入れたのかい?」
「はい、一応……」
わたしがそう答えると、その男性は、
「ほおー、そうかい。それで魔法で魔物は倒せたかい!?」
いかにもおかしそうにそういうと、腹を抱えて笑いはじめた。
周りの人がこちらを振り向く。男はこちらを指さして笑い続ける。
次の瞬間、わたしは大声で言い放っていた。
「これからドラゴンを倒しに行くところです!!!」
◆
「ちょっと待ってよミオン」
「もうすこしゆっくり歩いてくれ」
あんまり頭に来たものだから、わたしは目一杯早足になっていた。
「ごめん」
「やれやれ」
「どうしたのよ、ミオン。急に大声出したと思ったら、さっさと歩いて行っちゃって」
「うん。前にあのギルドでね……」
わたしはことの顛末を話した。
「ふーん」
「そういうことか」
「ひどいと思わない? よってたかってわたしのこと……魔法のこと、バカにしてさ」
「まあ、常識では魔法にそれほどの力はないという認識だからな」
「でも、気にすることないじゃない」
「そうだ。関係ない」
二人はさらっという。
「でも……、でもさあ」
わたしが口をとがらせると、
「誰が何と言おうと、ミオンはすごい魔力を持ってるじゃないか」
「私たちが知ってるわ」
と、二人は言った。
「胸を張って、ミオン!」
わたしは思わず胸が詰まった。
「セレーナ、リーゼロッテ!」
二人に抱きつく。
「おいおい……」
「ミオン、ちょっと」
「さ、早く行こう。ドラゴン探しに!」
二人のおかげで、わたしは暗かった気分が一気に明るくなったのだった。




