第六十七話 ゴブリン討伐2
「じゃあ、……帰ろうか?」
「ええ……」
「そうだな……」
ゴブリン退治の予定が、先を越されてなんだか拍子抜けしてしまった。
セレーナとリーゼロッテのふたりも気勢がそがれてしまったようで、言葉少なに立ち尽くしている。
仕方ないので、わたしたちは来た道をすごすごと引き上げることにした。
「まあいいか。ドミンゴおいしかったし」
見上げると、ドミンゴの実が目に入る。
「食べたくなってきちゃった」
「また?」
「相変わらず食い意地がはっているニャ……」
わたしたちが、そんな会話をしていたそのとき、背後から声があがった。
切羽詰まった悲鳴だった。
「うわァー! た、たすけてくれェ!」
緊張が走る。
「なに!?」
「ケインの声だわ!」
わたしたちは声のあった方向へ駆け出す。
走って行くと、木の陰からゴブリンたちに取り囲まれた、彼らが見えた。
装備を整えた、二人の大人と少年たち。
真ん中で、真っ青な顔をしてガタガタ震えているのは……ケインだ。
「まったくもう! だから言わんこっちゃない」
(どうする? 見捨てて行くか?)
「冗談言ってる場合じゃないでしょにゃあ介。助けなきゃ」
とは言ったものの、事態は結構深刻だった。
相手は比較的戦闘力の低いゴブリンだが、その数が異様に多い。
見渡す限り、ゴブリンだらけ。30匹はくだらないのではないか。
やはり異常発生しているというのは本当だったのか……。
ケインらをかばうように立つアレクスとメリッサの表情にも、焦りの色が見える。
「ど、どうしよう?」
「そうだな……」
リーゼロッテは少し考え、言った。
「私とセレーナでひきつける。魔法で攻撃できるか? ミオン」
「え……」
わたしは一瞬面食らう。するとにゃあ介が、
(悪くない考えだ。ミオンの魔法なら、やつらを殲滅できる)
「う、うん、わかった。やってみる」
そう答え、心を引き締める。
目を閉じて、深呼吸する。と、そこで気づいた。
あ、実戦で魔法つかうの、これが初めてに近いかも。
目を開くと、リーゼロッテもセレーナもすでに動き出している。
「ハーッ!」
セレーナはかけ声とともに、剣を振りあげて左へ走り、ゴブリンたちの気をひく。
近くにいた一匹の首を斬り飛ばし、セレーナはまた叫んだ。
「こっちよ! ゴブリンども!」
つづけてリーゼロッテが横へ移動しながら矢を放つ。
最初の一本は外れた。だが、二本目が命中する。
「うまい! やるぅ、リーゼロッテ!」
ケインたちを取り巻いていたゴブリンたちが一斉にこちらを振り返る。
いいぞ。この調子! と思った瞬間、
「お、おい、ネコ娘!」
とケインが叫ぶ。
「僕を助けろ、金は払う!」
その声で、こちらへ向きかけたゴブリンたちがまた気を取られ、戻っていく。
「もう、ばか。黙ってなさい!」
セレーナが言う。
わたしは走り始める。
「おーい! ゴブリン! こっちこっち!」
セレーナの後を追って、ゴブリンの集団の前を左へ大きく旋回する。
すると、一斉にゴブリンたちが動いた。
ゴブリンは完全にわたしたちの動きに誘われて、ケインたち一団から離れぞろぞろと走り始める。
「よし! これならいける」
わたしは、炎の魔法を唱え始める。
「我求めん、汝の業天に麗ること能わん……」
わたしの手元に、大きな火の玉ができつつある。
もっと、もっと……。
魔力を込めて、炎を育てる。
やがて、それはわたしの体と同じほどの大きさに膨れあがった。
それをゴブリンの集団めがけて――ぶっ放した。
「ダーク……フレイム!」
巨大な火の玉が、ゴブリンたち向かって飛んでいき――
刹那、閃光がはしる。
「うわっ」
熱波が吹きつけ、思わず顔をしかめる。
巨大な火柱が、上がる。
灼熱の波が一瞬にしてゴブリンたちを呑み込む。
草と、木と、地面をめくり上げ、周りの大気を巻き込んで、炎は上へと吹き上がる。
火だるまになったゴブリンたちは次々と魔石化していく。
燃え盛る炎の音が、ゴブリンの叫びをかき消していた。
◆
あらゆるものを焼きつくし、やがてその矛先を向けるものもなくなると、炎は霧が晴れるように消散した。
静寂の中、煤と化した木々だけがパチパチと小さく音を立てている。
「や、やった……。でも……」
ごくりと唾を飲む。
「やり過ぎた……かも……」
そう思うほどの業火だった。
焦土と化した大地からところどころに黒煙があがり、焦げ臭い匂いを漂わせている。
生き残ったゴブリンも、戦意喪失し、逃げていく。
「すごいわ、ミオン!」
いつの間にか、セレーナが側に来ている。
わたしははっと思い出して、青くなる。
「ケインたちは? まさか巻き込んだんじゃ……」
(大丈夫だ、見ろ)
にゃあ介に言われて、右へ目をやると、ケインたちの頭を抑えこんで伏せているリーゼロッテが見えた。
わたしたちは近づいていって、無事をたしかめる。
「だいじょうぶ?」
リーゼロッテがぱんぱんと土埃を払いながら立ち上がって言う。
「あらためて見ても、すごい魔力だな……」
ケインにやとわれた冒険者のアレクスが顔をあげる。
「いまのは、一体……。あの炎はなんだ?」
「ミオンが魔法を使ったのよ」
セレーナが答える。
「……魔法? あれが……魔法だって!?」
「ばかな! あんな威力を持つ魔法なんて見たことがないわ!」
メリッサも、起き上がってそう言う。
アレクスも立ち上がり、わたしを探るように見つめる。
「……冗談じゃないのか?」
「うそでしょ……」
「とにかく、無事ならよかった。……ケインは?」
わたしは、ほっとため息をつく。
まだ伏せていたケインが、ようやく起き上がり、
「よくやった、ネコ娘」
と、髪を撫でつけながら言った。
あいかわらす、気取った口ぶりだ。
「褒美をやろう……いくらほしい?」
「!」
その瞬間、パシーン! と大きな音がした。
セレーナの平手が、ケインの頬を見事にとらえていた。
「いい加減にしなさい」
ケインは頬を押さえ、信じられない、という顔をしている。
「僕を……ぶったのか?」
「それくらいですんでよかったとおもえ。死んでいたかもしれないのだぞ」
リーゼロッテが言う。
ケインはまだ自分が殴られたのが信じられないらしく、目をまん丸にしている。
ヤンとチェフも珍しいものを見るようにぽかんと口を開けている。
「いこう」
「ええ。長居は無用よ」
二人にうながされ、
「うん、いこう」
と振り返る。
わたしたちがその場を去ろうとすると、
「ま、待ってくれ!」
アレクスに引き止められる。
「君たちは一体……? その強さ、Bランク……いや、Aランク冒険者か?」
わたし達は揃って答える。
「……Fランクです」
「はっ! くだらない冗談はよしてくれ! ゴブリン30匹を一瞬で焼き尽くすFランク冒険者がどこにいる!」
アレクスはおおげさに両手を広げ、首を振ってみせる。
「まさか、イェルサの稲妻か? いや……グランパレスの隼か? そうだろう!」
……な、なにその微妙に中二病な二つ名。
ともかくわたしは否定する。
「いえ、わたしたちはほんとにFランクパーティで……」
「いやまてよ……グランパレスの隼には少女が3人もいなかったはず……」
ブツブツ言って全然聞いてくれない。
「しかしきっと名のあるパーティに違いない。教えてくれ、君達は何者なんだ!?」
すでにその場を去ろうとしていたセレーナの耳がピクッとうごく。
あ、ちょっと待って。なんかいやな予感がする。
セレーナが振り返る。
ひるがえった髪が、陽の光を受けてきらきらと金色に輝く。
そして彼女は、こう答えた。
「導く三日月――クレセント・ロペラ」




