第六十四話 鍛錬※挿絵あり
「待ってたよ、リーゼロッテ。さあ行こう!」
魔法学校の校舎の前に、広い校庭の芝生を望めるベンチがある。
授業を終えたわたしたちは、ここで待ち合わせをするのが最近のお決まりとなっていた。
コンテストの後の熱狂も少し落ち着いてきて、わたしたちの周りも何とか日常をとりもどしつつあった。
わたしがパラライズウィンドの魔法でケインを麻痺させた件について、先生たちは何度も訊いてきたが、それも今ではなくなっていた。
というのも、魔法をかけられた当のケイン本人が、「性悪なメガネ女にあやしい薬品をかけられた」とか、「野蛮なネコ娘に後ろから急に殴られた」などとまわりに吹聴しているおかげで、真実がうやむやになってしまったのだ。
「先生たちにとっても、まさか『数百年ぶりに新たな魔法契約がなされた』というよりも、ケインの『ネコ娘に殴られて失神した』という話のほうが信憑性があるみたいだな」
「レディに対して失礼しちゃう……」
わたしがぷんすかしていると、
「おかげで平穏がとりもどせたからいいじゃない」
と、セレーナがなだめてくれる。
学校を出て、三人と一匹は、ルミナスの北にある例の平原へ向かう。
最近の日課である鍛錬はそのトレーニング場(わたしたちがそう呼んでいるだけ)で行われていた。
ひさしぶりに暖かくなって、なんだか気持ちのいい日だった。
ぴょんぴょん跳ね回るにゃあ介を追いながら、わたしたちはトレーニング場を目指した。
道中、わたしはふとこんな風に思った。
「なんかこれって、部活動みたいだね!」
「ぶ……?」
「ぶかつどう?」
セレーナとリーゼロッテが不思議そうな顔をする。
「あのね、えっと、放課後に同じ趣味を持つ生徒が集まって、みんなで活動することを言うの」
「ふーん、そんな進歩的なものがあるのね」
「部活動か……」
「これだと、なに部っていうのかな。剣道部? 弓道部? 魔術研究会……うーん、部名じゃなくてもいいから、何かわたしたちのグループ名欲しいなー」
「そんなものいらニャいだろう」
にゃあ介はつれない。
「グループ名……」
「われわれの呼び名か?」
セレーナとリーゼロッテは、多少興味があるようだ。
「そう。なんかかっこいいやつ!」
二人は考え込み、
「わくわく三姉妹とか?」
「魔法使い見習い三人衆?」
と、案を出す。
「……やだよそんなの。もっとかっこいいのないの」
「そんなこと言われても……」
「たとえばどんなのだ?」
「うーん」
そう言われてみると、たしかにわたしも思いつかない。
空を見上げながら考える。異世界の三日月が昼間の空に浮かんでいる。
「導く三日月、クレセント・ロペラ……」
適当に、中二病っぽい名前を口にした。
「……は、ないか。何か他にいいのは……」
セレーナの目が光る、きらーんという音が聞こえた気がした。
「導く三日月?」
――しまった。重症の中二病患者がいるの忘れてた。
「それにしましょう。ミオン。導く三日月」
「あ、あー、えーっと」
「ミオン。導く三日月」
「と、とりあえず名前のことはおいといて、はやくトレーニング行こう!」
わたしは何とかごまかしたつもりだったが、セレーナはぶつぶつとつぶやいていた。
「導く……導く三日月……」
◆
「走り込みが終わったら、次は腕立て伏せニャ」
にゃあ介が言う。
リーゼロッテは辺りの平原をひとしきり走ってきたところ。
「う、うむ」
リーゼロッテは、肩で息をしている。数キロは走ったはずだ。
「大丈夫? リーゼロッテ。少し休んだほうが……」
「いや、大丈夫。ミルのメニューの通りやる」
リーゼロッテが、はあはあ言いながら腕立て伏せを開始する。
「ちょっとにゃあ介、少しは手加減してよね」
「超回復に必要なのは、丁度良い負荷ニャ。ワガハイはちゃんと考えてメニューを組んでいる」
リーゼロッテは最近、にゃあ介に言われた通り、毎日こんな風にトレーニング漬け。
わたしとセレーナは剣技に磨きをかけている。
「いくわよ、ミオン!」
「こい、セレーナ!」
この鍛錬で、わたしたちは初めて剣を交えた(もちろん棒きれで)。
セレーナの剣は、変幻自在で、どこから剣が出て来るかわからない。
左から来る剣を受けた、と思ったら、次の瞬間右のおでこを叩かれていたりする(セレーナは、ごめんなさい大丈夫!? と心配そうだった。これくらい全然平気なのに)。
一方わたしは、身体能力に任せて、スピードとパワーで押し切る感じだ。
一度、猛烈なラッシュをかけて、セレーナが後ろざまに倒れこんでしまったことがある(だだだ、大丈夫? ごめん! とわたしは謝った)。
にゃあ介はそんなわたしたちを見て、言ったものだ。
「好対照のふたりだから、お互いの剣から学ぶものも多いだろう」
確かに、わたしはセレーナの剣さばきから学ぶことが多かった。
戦っているうちに、ただ押せ押せじゃだめなんだ、ってことがわかってきた。
剣は、駆け引きだ。
強くなるには、揺さぶったりフェイントをかけたり、頭を使わなくちゃいけない。
セレーナと戦うことで、そんな駆け引きの糸口みたいものがつかめつつあった。
セレーナの方も、わたしの戦いかたを、一応、盗んでくれてるみたい。
わたしの、力任せの戦法を取り入れて、元来の変幻自在さに、より幅ができた。
にゃあ介いわく、“セレーナの剣には、優雅さだけでなく、豪快さが加わった”。
わたしたちは、平原を疾走りながら棒切れで戦う。
耳元で、ひゅんひゅんと棒のしなる音と、ばちばちと棒の打ち合わされる音がする。
「やるね、セレーナ!」
「そっちこそ、ミオン!」
そうこうしていると、傍らでリーゼロッテが、
「はー! 終わった!」
と、仰向けに寝転がる。
鍛錬を積むことで、みんなが上達していることを実感しつつあった。
◆
昼休み、わたしたちはルミナス魔法学校の渡り廊下にいた。
石のアーチが陽を受けて、地面に規則正しい模様を刻みつけている。
その影に目をやりながら、リーゼロッテが言った。
「そろそろ、ギルドの討伐依頼でも請けてみるか」
「うん」
わたしは言った。セレーナも、
「そうね」
と答える。
そろそろ、頃合いだ。みんな実戦へ出て、実力を試してみたがっていた。
「よし、それじゃあ、今日の授業後、ギルドへ行こう!」
わたしがそう声高らかに宣言したときだった。
「え? ミオンさんたち冒険者登録してるんですかー?」
とやってきたのは、ミムとマムだ。
「うん。学費稼ぐためなんだけどね」
「かっこいー!」
「そ、そう? めずらしいのかな」
「私たちの知ってる中では、ミオンさんたちだけです!」
「すごいですぅ! みんなに言っていいですか」
……や、やばい。
なんか、面倒なことになりそうな気がする。
「えーっと、一応、内緒にしといて」
わたしはあわてて釘を刺す。
「ハイ!」
「ハイ!」
とミムマムは答えたが、まずい子たちに聞かれちゃったな……とわたしは思う。
いや、いい子たちなんだけど、秘密を守ることにかけては、けっこう最悪の部類に入るというか。
「……ま、しょうがないか」
とにかく、ギルドの依頼を受けるのは初めてだ。なんかわくわくしてきた!




