第六十三話 慣れるかな?※挿絵あり
店長は、弓の手入れ方法まで、丁寧に教えてくれた。
わたしは、このお店が繁盛する理由がわかった気がした。
やっぱり、人を見かけで判断しては、ダメよね!
ううん、わたしなんとなく直感でわかってた。この人いい人だって!
「ありがとうございました。店長さん」
店を出るとき、みんなでお礼を言う。
だが店長の様子がおかしい。黙ったままこちらを睨みつけている。
「ど、どうしたの?」
おもむろに店長はすっくと立ち上がった。剣に手をやり、ゆらり、とわたしたちのほうへ歩を進める。
改めて、スキンヘッドにムキムキの大きな身体にとんでもない威圧感を感じる。
うわ、今度こそ殺される。
わたし、直感でわかってた。この人、ヤバい人だって――。
「死にたくなかったら……」
「何だ?」
ガーリンさんが斧に手をやり、答える。
すると店長は、そのドスの利いた声で言ったのだった。
「また来いよ」
◆
「ガーリンさん、ありがとう!」
武器屋さんを出ると、わたしは真っ先にガーリンさんにお礼を言った。
「ああ、ああ」
なんでもない、というように、ガーリンさんは顔の前で手を振って、言う。
「ううん、ガーリンさんとハロルドさんのおかげ」
「本当にありがとうございました」
「おかげでいい弓を手に入れることができた」
すると髭もじゃの顔をほころばせ、ガーリンさんは、
「役に立てたのならうれしいわい。……さあ、冒険者ギルドへ行って登録してくるといい」
と促す。
「ほいじゃな。また何か用があったら言ってくれ」
そう言うとガーリンさんはもう歩き始めている。鎧が、かちゃかちゃと機嫌よさげな音を立てている。
「ほんとにありがとー!」
ガーリンさんのうしろ姿にそう叫ぶと、ガーリンさんはひょい、と斧をあげて答えた。
ルミナスのギルド、もじゃもじゃ頭のリンコさんは相変わらず太っていて、相変わらず元気だ。
メガネの下のほっぺたは赤くて、つやつやしている。
こんなに太ってるのに、健康そうに見えるから不思議だ。
「こちら、Fランクバッジになります!」
リンコさんは棚から取り出したランクバッジをリーゼロッテに手渡すと、大きな声で言った。
「頑張ってください!」
「あ、ああ……ありがとう」
リーゼロッテは手にしたランクバッジをしげしげと見やりながらそう答える。
バッジはリーゼロッテの手の中で鈍く光っている。
わたしはリーゼロッテの顔をうかがう。ん、ちょっとうれしそうかな。
リンコさんはさらにこうつけくわえた。
「向こうの壁の、討伐依頼も見ていってください。Fランクの方にうってつけの依頼もありますよ!」
その丸みを帯びた手で奥の壁を指さす。
「討伐依頼かぁ。見よう見よう!」
リンコさんにお礼を言うと、わたしたちは早速その討伐依頼とやらを確かめに、ギルド奥の壁へ歩み寄った。
壁には、たくさんの貼り紙がしてある。べたべたと貼りまくられ、重なってほとんど見えないのもある。
これが全部依頼書らしい。その見出しにざっと目を通していく――
「トロル討伐依頼」
「至急! 討伐対象:レッドサーペント」
「レッドリザードの素材求む」
「ゴブリン討伐依頼」
「ゴブリン討伐依頼……」
リーゼロッテが顎の下に手をやり、つぶやく。
「行ってみようか?」
わたしが訊ねるとリーゼロッテは、
「いや、まだはやい。弓を買ったばかりだ」
と首を横に振る。
「そうだよね……残念」
「練習を積んで、実戦に使えるようになったら、行ってみてもいい」
「うん」
わたしはぐっとリーゼロッテの手を握って、言った。
「ようし! はやく練習しよう、練習!」
◆
わたしたちがいるのは、例の岩多い丘。
ルミナスから北へいく人はもともと少ないうえに、街道からはずれたこの場所へは滅多に人が訪れない。
広い場所が必要な折には、ここへ集まるのが慣例になりつつあった。
岩山から吹き下ろしてくる風が、ときおり地面に積もった落ち葉を飛ばしていく。
丘に点在している木々の影が、太陽を横切る雲にあわせてうすくなったり濃くなったりしている。
一本の枯れた木に向かって立つリーゼロッテ。
10メートル程離れたその木を、じっと睨みつけている。
そして、深呼吸。
わたしは緊張気味のリーゼロッテに声をかける。
「がんばって、リーゼロッテ」
リーゼロッテは、右手に矢を持ち、左手に弓を構える。
矢を弦にセットして、引っ張る。
きりり、と引き絞っていく。
「う……」
腕がプルプルと震え、リーゼロッテが顔をしかめる。
びよん、と音がして、矢が地面に落ちる。
1メートルしか飛んでいない。
「だめだ。圧倒的に筋力不足ニャ」
にゃあ介が言う。
周りに人はいないので、にゃあ介は遠慮無くぴょこぴょこ跳び回っている。
「どうすればいいのだ? 師匠……」
「本ばかり読んで、運動しないから基礎体力がついていないのだ」
「それは否定できない」
うつむき加減のリーゼロッテ。
「ふむ……」
にゃあ介はぴょーいと跳び、言った。
「よし、ワガハイがトレーニングのメニューを組んでやろう。プールやスポーツジムはなさそうだからニャ」
不思議な顔をするリーゼロッテ。
「? 何のことかよくわからないが、それで体力がつくのか、師匠?」
「無論ニャ。筋力・体力がついてダイエットにも最適」
「よくわからないが、師匠に任せる」
するとセレーナが言う。
「にゃあ介さん、私の剣技も見ていただきたいのですけれど」
「ちょ、ちょっとちょと、二人とも!」
わたしは思わず言った。
「何だ?」
「何かしら?」
「にゃあ介のことを、師匠とか、さんづけで呼ぶのやめない?」
顔を見合わせるリーゼロッテとセレーナ。
「しかし、師匠をそんな風に呼ぶわけにはいかない」
「私だって、気が引けるわ」
わたしはため息をつく。
そこへ、にゃあ介が寄ってくる。
「ふむ、ではミルヒシュトラーセと」
「にゃあ介は黙ってて」
「…………」
「とにかく、そんな呼び方じゃあ、あとあと困る気がする」
「あとあとって?」
セレーナが訊く。
「実戦のときとかさ……敵と戦っているのに、敬語で話してる場合じゃないでしょ」
「でも……」
もごもご言うセレーナ。
「決めた。これからにゃあ介に敬語禁止ね!」
「そんな……」
「あとは呼び方ね。にゃあ介がいやなら……ネコ、とか、タマ?」
「却下ニャ。そんな凡百な名前で呼ばれては困る。やはりミルヒシュトラーセ……」
「そんな長いのダメだって」
わたしは少し考える。そして妥協案を示した。
「……じゃあ、仕方ない、『ミル』は?」
「ふむ?」
「ミル……」
「ミルか……」
そんなに悪くなさそうね。
「よし、決まり! これからにゃあ介のことはミルと呼ぶこと! にゃあ介もそれでかまわない?」
「かまわんが、ミオンがにゃあ介と言っているではないか」
「わたしはいいの!」
何年もにゃあ介って呼んできたのに、急に変えたら気持ち悪いもんね。
「ししょ……ミル」
「何ニャ」
「トレーニングはいつから?」
「すぐにでも開始するニャ」
「あ、あの……ミル、……さん……?」
「さん禁止!」
「ミ、ミル」
「何ニャ」
「私の剣技、どうかな?」
セレーナは、変な表情でにゃあ介に訊いている。
んー、何だかぎくしゃくしてるけど、そのうち慣れるでしょう!




