第六百六話 仮定
数日を王都で過ごした。
その間、魔族が再び攻めてくることはなかった。
ルミナスにおいても、攻撃の気配はないということだった。
それどころか、周辺の街や村々でも、魔物の出現が、目に見えて減っているという報告が上がっているらしい。
魔族は当面のところ、人間に対する攻撃の手を緩めているようだ。
なにはどうあれ……
魔王は、約束を守ったのだ。
――今のところは。
◆
「さて」
セレーナの部屋で、わたしたちは話し合っている。
「これからどうする?」
わたしは黙っている。
「どうすべきかしら、ミル?」
「もし、このまま魔王が約束を守り続けるニャら……」
にゃあ介が言う。
「何もする必要はニャいな。……というか、何もしてはいけニャいのかも」
「世界は平和になった、ってこと?」
わたしはそう訊く。
「そういうことになるニャ」
「けれど……」
セレーナはどこか浮かない顔だ。
リーゼロッテも、
「ああ」
と、同意する。
「どうも、しっくりこないな」
リーゼロッテは言う。
「このまま事が済むとは、思えない。今の状況は、なんていうか……」
「嵐の前の静けさ?」
わたしが言うと、
「そう。そんな感じだ」
とうなずく。
セレーナがもう一度、訊ねる。
「どうする? ミオン」
わたしは、考え込む。
どうするべきか、必死に考えて……
自分の頭じゃ、何もわからないことだけがわかった。
セレーナもリーゼロッテも、テーブルの前で腕を組んで黙っている。
皆が沈黙したので、階下の厨房の音が微かに聞こえる。
今ごろ、チコリたちが夕食の用意をしてくれていることだろう。
「ちょっといいか?」
リーゼロッテが話し出す。
「考えてみたんだ」
「なにを?」
「魔王城で会った、オババから訊いた話を覚えているか?」
リーゼロッテが訊く。
わたしは思い出す。
「オババさんが話してくれたのは、魔王の生い立ちと……」
「それから?」
「……転生者の話?」
「そうだ。転生者は、知識や技術を持っていて、神の思惑通り世界をいじるのに使われる、と」
「何を思いついたの? リーゼロッテ。おしえて」
リーゼロッテは、腕を組み、顎へ手をやる。
「これから話す内容は、憶測や仮定を多分に含んでいる。それを踏まえた上で、聞いてくれ」
うつむき加減の彼女は、自分の考えを、自分で吟味しながら話しているようだ。
「神は、ときおり人間界に転生者を送り込む」
わたしとセレーナは黙って頷く。
「転生者とは、世界を変えるほどの影響力を持つ者……」
そこで顔を上げ、
「何か思い当たることはないか?」
リーゼロッテは、わたしとセレーナの目を順に見る。
二人のどちらも答えないのを見ると、彼女は言った。
「大魔導士だよ」
「まさか……」
わたしは戸惑う。
そんなことって……。
だが、リーゼロッテは、確信めいた口調でこう言う。
「大魔導士とは、転生者だったのではないか」




