第五十九話 ブラストスピリット※挿絵あり
「何か使い道があるかもと思って、ワタと布切れを買っておいてよかった」
その夜、わたしは自分の部屋で裁縫に勤しんでいた。
「あんまりやったことないから不安だったけど、案外うまくいきそう……痛っ」
針を指に刺してしまい、わたしは片目を瞑って小さく叫ぶ。
(ミオン)
「いたた……。なあに? にゃあ介」
指を舐めながらわたしは言う。
にゃあ介は不思議そうに、
(何故ブタを縫っているのだ?)
わたしは叫んだ。
「失礼ね! これネコなの!」
◆
「あら、かわいいブタさん」
セレーナの言葉にわたしはずるっとコケそうになる。
「ネコなんですけど」
「え?」
「何でもない。ねえ、リーゼロッテ、リモートゴーレムって、こんなんでも可能?」
今わたしたちは、いつか魔法契約のために使った、岩の多い丘にいた。
まばらな木々で、鳥たちがさえずっている。
「そうだな。文献によると、特に対象に規定はない。たぶん大丈夫だろう。でも、何故ブタなのだ?」
「もういいよ……ネコでもブタでも」
わたしがへこんでいると、
「それは裁縫道具か?」
リーゼロッテがわたしの手元を見て訊ねる。
「うん、一応持ってきたんだけど……」
するとリーゼロッテは少し考えてからこう言った。
「私が少し直そう」
それから小一時間程かけて、リーゼロッテはぬいぐるみに手直しをした。
平坦だった顔にマズルをつけ、小さかった耳を大きくする。
短すぎた手足としっぽを、修正していく。
それはあざやかな手つき。
必要最小限の動きで流れるように縫っていき、まるで手芸の先生みたい。
みるみるうちに、ぬいぐるみはネコらしくなった。
「すごい」
「みごとなものね」
驚いた。リーゼロッテにこんな特技があるなんて。
「うむ、こっちの方がかわいいな……」
完成したぬいぐるみを手に、リーゼロッテが小さくつぶやく。
リーゼロッテが「かわいい」という単語を発するとは思ってもみなかったので、また驚く。
何だかすごいギャップだ……そんな風に考えていると、
「よし、ともかく始めよう。目を閉じ、精神を集中して、そのぬいぐるみに魂を乗り移らせるのだ」
リーゼロッテは、いつもの調子で淡々とそう説明した。
◆
平らな岩の上にぬいぐるみが、ぽつん、と置かれている。
魔法契約のとき魔法陣を描いた、あの大きな岩だ。
「我が傍なる霊魂よ、小さき者に乗りてとび……」
左手をぬいぐるみに向けて伸ばす。
「その翼にて翔けり給え……ブラストスピリット!」
呪文を唱えると、わたしの内部で何かが起こった。
自分の心の中から外へ、何かが飛んでいくような気配があった。
するとぬいぐるみが一瞬、ぴくり、と動いた。
「どうだ?」
リーゼロッテが言う。
だが、それ以上は動かない。
「失敗か……風だったのか?」
その直後、ぬいぐるみは急激にゆらゆらと揺れだした。
「動いたぞ、成功だ!」
突然、妙な音が鳴り始めた。
びりびりという振動音。
どうやらぬいぐるみ自体が、震えているようだった。
しばらく、そうやって、ピーとかガーとか妙な音を立てていたが、やがて……
「ニャーッハッハッハッ!」
急にネコのぬいぐるみが飛び上がったかと思うと、高らかに笑い始めたのだった。
「久しぶりの自由な身体ニャ! 気分爽快、ニャ!」
「な、なんだ?」
うろたえるリーゼロッテ。
ぬいぐるみがニャハーッと飛び回る。
「ミ、ミオン……? 魔法に失敗したのか?」
「大丈夫よ、落ち着いて、リーゼロッテ」
セレーナがなだめる。
「しかし……とてもあれがミオンとは思えない。まさか悪魔が取り憑いたのでは?」
「悪魔とは失敬ニャ! ワガハイは天が生んだ奇跡、泣く子も黙るネコの中のネコ、ミルヒシュトラーセ……」
「はいはい、調子に乗らない、にゃあ介」
「な!? ミオン、動けるのか?」
振り返って、目をまんまるに見開くリーゼロッテ。
わたしが普通に話しているのを見て、度肝を抜かれた様子だ。
首を左右に振り、わたしとネコのぬいぐるみを交互に見ている。あまりの慌てように、メガネが吹っ飛んでいきそうだ。
「ブラストスピリットにおいて、術者は完全に動作不能になるはず……」
「えへへ、黙っててごめんね、リーゼロッテ」
「な、何がどうなって……」
リーゼロッテは混乱して、呼吸が荒くなっている。
「今から説明するね」
◆
「ふむ……驚いたな」
興奮して、しきりにメガネの位置を直しているリーゼロッテ。
「つまり、ミオンの中には……」
「そう、2つの魂があるの」
セレーナが言う。
「そゆこと」
「しかも、そのもうひとつの魂は……ネコ……」
信じられない様子で、ぬいぐるみを見る。
「ワガハイニャ!」
にゃあ介は、新しい身体がよっぽど嬉しいのか、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
「精神遠隔でネコの方の魂がゴーレムに乗り移っても、ミオン本人は動くことができる……」
「うん。こんなにうまくいくとは思わなかったけど」
「やはり驚きだ。リモートゴーレムが話すことまでできるとは……」
「初めは音声を出すのに手間取ったが、慣れてしまえばなんてことはニャい」
ぬいぐるみ……いや、にゃあ介、が言う。
そもそもネコが話すものなのか、という問題は、驚きすぎてリーゼロッテの頭から抜けてしまっているようだ。
「にゃあ介、一体どうやってるの?」
「身体全体を振動させることによって、音波を発生させる。スピーカーと同じ原理ニャ」
「スピーカー?」
とセレーナ。
リーゼロッテも不可解そうな顔をする。
「あ、いいのいいの」
「何でもニャい」
わたしたちはごまかす。
顔を見合わせるリーゼロッテとセレーナ。
「とにかく、にゃあ介に身体ができた」
私は言う。
「これでわたし以外の人間とも、にゃあ介は普通に会話できるわけね!」
「そういうことだニャ!」
そう言うと、にゃあ介はまた、ぴょん、と跳ねた。




