第五百九十八話 魔王4
魔王は、足元のにゃあ介を見つめる。
「何だこれは?」
「ニャハ! ワガハイは、泣く子も黙る正義のネコ、ミルヒ……」
魔王が足を上げ、にゃあ介を踏みつけようとする。
「にゃあ介!」
にゃあ介は横へ転がり、魔王の足をかわす。
「ネコを踏みつけるとは、なんたる外道!」
「だまれ」
魔王は、今度は剣を振りかぶる。
「危ない!」
わたしが叫ぶのとほぼ同時に、にゃあ介は跳んだ。
「ニャ!」
魔王の剣が振り下ろされる。
その剣先がわずかににゃあ介の尻尾に触れる。
着地したにゃあ介は言う。
「ワガハイに攻撃は効かないニャよ」
「なに?」
魔王が、疑いの声を発する。
「どういうことだ?」
「にゃあ介、こっちへ!」
にゃあ介はわたしの方へぴょんぴょんと戻ってくる。
「尻尾が傷ついてしまったニャ」
見ると、にゃあ介の尻尾から、綿がのぞいている。
「無茶するんだから」
わたしはにゃあ介を、ぎゅうと抱きしめる。
「戻って、にゃあ介」
わたしは言う。
(ただいまニャ)
頭の中で声がする。
手元のにゃあ介が、ただのぬいぐるみに戻る。
「なんの茶番だ……?」
魔王はこちらをじっと見ている。
「貴様、一体……」
初めて魔王に生まれた、隙。
「!」
その一瞬の隙に、リーゼロッテとセレーナは同時に攻撃に移る。
セレーナの魔法剣が、下方から魔王を急襲する。
魔王は、何とか剣で防ぐが、その身体が傾ぐ。
魔王の死角から、リーゼロッテの矢。
右肩に、矢が命中する。
「やった!」
わたしは拳を握る。魔王にダメージを与えた!
魔王は、肩の矢に目をやり、言う。
「驚きだな」
感情のわからない声で、
「我が身体を傷つけるとは」
魔王は、黒き剣を押し、セレーナを突き飛ばす。
セレーナは石畳の上を転がる。
「褒美をやらねばなるまい」
魔王は左手で黒い剣を構え、右手を伸ばす。
何かを詠唱する。
魔王の手底から紅蓮の炎が放たれ、わたしの方へ襲い掛かる。
「くっ」
わたしは咄嗟に横へ身をかわす。
リーゼロッテが矢を放つ……が、魔王は剣で叩き落す。
そのまま右手で、魔法を放つ。
今度はリーゼロッテへ向けて。
リーゼロッテは横っ飛びで避けようとする。
炎弾が彼女をかすめる。
「ぐぅっ」
リーゼロッテの身体が石柱に叩きつけられる。
「リーゼロッテ!」
リーゼロッテはなんとか立ち上がり、また矢へと手を伸ばす。
わたしが魔王の方へ目を戻すと、魔王は倒れているセレーナの元へと近づいていく。
セレーナは片膝をついて立ち上がろうとしている。
魔王の左手が、剣を振り上げる。
魔王が言う。
「まずは一人目」
その瞬間、わたしは叫んでいた。
「待って!!」
わたしは言う。
「お願い!」
魔王は興ざめしたように、
「命乞いか?……つまらん」
とつぶやく。
だが、わたしを見て、魔王の動きが止まる。
「剣を降ろして!」
わたしは両腕を前へ突き出したまま、叫ぶ。
「わたしに、この魔法を使わせないで!」




