第五百九十四話 大きな扉
「……何の真似だ?」
わたしの短剣の先端は、跪くレイスの額の前でピタリと止まっている。
わたしは短剣をしまい、セレーナも魔法剣をしまう。
リーゼロッテはまだ矢をつがえたまま、油断なくレイスに狙いを付けている。
「何故とどめを刺さない?」
レイスはわたしの目を見る。
「勝負はついたわ」
リーゼロッテの矢、わたしの炎弾を山ほどくらい、さらに無数の刀傷。
もはや、わたしたちと戦う力は残っていまい。
わたしはレイスを残し、広間を立ち去ろうとする。
「この俺が……人間どもに敗れるとはな……」
背後で、レイスの呟く声がする。
「――動くな!」
リーゼロッテの声に、わたしは振り返る。
レイスが立ち上がり、刀を構えている。
そしてその刀を――自らの腹に突き立てた。
「!?」
レイスはがくりと膝をつく。
「どうして!?」
レイスはその場に倒れ込む。
「……敵に情けをかけられるなど……ごめんだ」
レイスの瞳には、まだ理性の光が宿っている。
だが命の火は、確実に尽きようとしている。
わたしは、そんなレイスに、
「レイス、訊かせて」
ずっと訊きたかった質問をする。
「……なぜ人間を憎むの?」
するとレイスは、如何にも可笑しそうに、笑った。
「逆だ。……人間よ」
レイスは、こちらを見上げる。
その後の言葉を、わたしは決して忘れられないだろう、と思った。
レイスはこう言った。
「お前たちはなぜ、そこまで魔族を憎む?」
レイスは大きな咳と共に血を吐く。
……そして、とうとうレイスの命の炎はついえた。
◆
わたしたちは、石壁の回廊を進んでいる。
足音を殺しながら、薄暗い回廊の曲がり角までたどり着く。
壁には灯火が揺れている。
「確認するね」
わたしはそっと回廊の端から顔を出す。
視界の先、巨大な扉が不気味な静寂の中に佇んでいた。
「!」
あわてて顔をひっこめる。
扉を守るように、二人の兵が立っていた。
「兵がいる」
「……何人?」
「ふたり」
「三で、飛び出そう」
わたしたちは、目線を交わし、うなずく。
「イチ、ニの……」
「サン!」
わたしたちは回廊の曲がり角から、勢いよく飛び出す。
「!?」
兵士がこちらに気づく。
ひとりが剣を抜こうとするが、そのときにはすでに、セレーナの剣が一閃していた。
兵士は首を切断され、崩れ落ちる。
もうひとりの兵士は弓を構えるが、その腕がリーゼロッテの放った矢に射抜かれる。
わたしは倒れた兵士を飛び越して、その兵の胸を刺し抜く。
レイスと戦った今、一介の兵など、敵ではなかった。
◆
「これは……」
漆黒の鋼で造られた両開きの扉。
扉の縁には銀色とも白骨ともつかぬ装飾が絡みついている。
そしてその中央には、見たことのない紋章が血のような深紅で刻まれていた。
にゃあ介が言った。
「どうやら、この向こうが玉座の間だニャ」
玉座の間。
おそらく、この先に魔王が……。
わたしは確認する。
「みんな、覚悟はいい?」
二人とも、無言でうなずく。
わたしは、扉を押し開ける。




