第五百九十三話 レイス2
レイスの剣が、頭上で光る。
――万事休す。
そのとき、にゃあ介が言った。
(あきらめるのは早いようニャぞ。あれを見ろ)
「待てーっ!」
正面奥の扉から、紅く輝く剣を振りかざしながら入ってきた者がいる。
「セレーナ!!」
わたしは思わず声を上げる。
魔物の群れを、たった一人で斬り払いながら、こちらへ駆けてくる。
「どきなさいっ」
セレーナの魔法剣は力強く、魔物たちを薙ぎ倒していく。
その勢いのまま、セレーナはレイスへ斬りかかる。
「ふん……」
レイスは長剣を巧みに操り、セレーナの一撃を受け流す。
一歩下がり、あらためて剣を構え直すレイス。
「ネズミが一匹増えたところで、何も変わらん」
だが、セレーナの剣を受けたレイスの瞳には、今までなかった、わずかな動揺が見える。
セレーナはわたしたちとレイスの間に立ちふさがり、剣を構える。
「戻ってきちゃった」
彼女は言った。
わたしとリーゼロッテは、セレーナの後ろで身体を起こす。
「何やってるの。お父さんの仇はどうしたの」
嬉しさを抑えて、わたしは言う。
セレーナはこう答えた。
「父の仇を討ったって、今度はミオンとリーゼロッテの仇を討たなきゃいけなくなっちゃうわ」
口元に、微笑み。
「それじゃ、意味ないでしょ」
◆
わたしたち三人は、薄暗い広間でレイスと対峙している。
セレーナの手には、紅い炎が立ち昇るエリクシオン。
わたしの手には、短剣ルミナス・ブレード。
リーゼロッテは、弓に矢をつがえている。
レイスは長剣を構え、こちらを見据えている。
その目に、もう余裕はない。
「降参するなら、助けてあげる」
「だまれ、小娘ども。……全員、生きて帰れると思うな」
わたしたちは、にらみ合い、微動だにしない。
もし、ここに他の者がいたなら、時間が止まったみたいに見えただろう。
互いに隙をうかがう膠着状態。
一瞬、燭台の炎が揺れる――時が動いた。
「はぁっ!」
三人同時に、地を蹴る。
横に跳びながら放ったリーゼロッテの矢は、真っ直ぐレイスの眉間を狙う。
レイスは大きく上半身を傾けながら、それを避ける。
そのままセレーナの魔法剣を受ける……が、体勢が崩れる。
わたしは炎弾を放ちながら、駆ける。
「ちっ」
炎の弾が、レイスの耳元をかすめる。
レイスはかまわず剣を振ろうとする。
だが、セレーナがそれをさせない。
「!」
セレーナは魔法剣でレイスの剣を受け止める。
さらにリーゼロッテが連続で矢を射かける。
レイスは、全てを避けきれない。
「ぐッ!!」
一本の矢が、脇に命中する。
「これしき……ふんッ!!」
レイスは矢を受けたまま、セレーナの剣を弾き返す。
跳び退るセレーナ。
「タフな奴!」
セレーナは地面を蹴り、再びレイスへと斬りかかる。
リーゼロッテは次から次へと矢を放つ。
わたしもレイスめがけて炎弾を連射する。
「ぬおおおぉお!!」
レイスはセレーナの剣を受けながら、降り注ぐ炎と矢の雨をしのごうとする。
しかしやはり全て避けるのは不可能だ。
二本、三本とレイスの身体に矢が突き立つ。
わたしは左手で炎弾を放ちながら、高く跳ぶ。
炎弾が命中。大きく傾ぐ、レイスの身体。
わたしは、レイスの頭上から、短剣を振り下ろす。
――勝負は決した。