第五百九十一話 魔王城2
わたしたちは、城の上階へ向かう階段を上っている。
「ほんとに魔王はこの先にいるのかな……」
「最上階にいるのが、相場ニャんだろ?」
「そうだけどさ……もしいなかったら?」
わたしは不安を口にする。
リーゼロッテが肩をすくめ、言う。
「そのとき考えるさ」
◆
階段を上りきった先に、扉があった。
だが、妙なことにその扉は開け放たれている。
「不用心というより、不自然だ。まるで誘い込まれているみたいだな」
「まさか……」
わたしたちは恐る恐る、中へと足を踏み入れる。
そこは広間になっていた。
まだ日が高いにもかかわらず、中は驚くほど薄暗い。
いくつかの燭台が置かれているが、蠟燭の炎は頼りなく、広間全体を照らし出すにはいかにも心もとない。
「……!」
広間の奥で、影が動いた。
その可能性はあったはずだった。
それなのに、考えに浮かばなかった。
まったく迂闊としか言えない。
影が、見知った者の姿だと気付くのに、数秒要した。
隣にいるセレーナが、息を呑む音がする。
「セレーナ、あれ……」
そこに立っていたのは、黒衣を纏った男。
わたしが訊ねるより早く、セレーナは剣を抜いていた。
◆
わたしたちは身構える。
だが、黒衣の男は衣を翻し、広間の奥へと歩き始める。
「待ちなさいッ」
セレーナの美しい目が吊り上がっている。
彼女は剣を握り締め、男を追う。
お父さんの仇である、黒衣の男を……。
男にその声は届かない。
いや、聞いていないふりをしているのか?
「待てッ」
およそセレーナらしくない甲高い声で、セレーナは男に迫る。
黒衣の男は、セレーナの言葉を無視して、ただ広間の奥へ向かって歩いていく。
「まて、何かおかしい!」
リーゼロッテが止める。
だがその瞬間、背後の扉が音を立てて閉まる。
「罠だ!」
黒衣の男が、広間の奥の扉を開く。
その扉から魔物たちが飛び出してきた。
◆
魔物は、扉から、うじゃうじゃと入ってくる。
ゴブリンにゴブリンガード、コボルト、リザード、レッドリザード、そして――
「レイス!?」
青白い皮膚に、赤い目。金色の瞳孔……。
間違いない。魔法学校の失踪事件に関わっていた、あのレイスだ。
レイスはゆっくりと扉から歩いてくる。
黒衣の男とすれ違うとき、低い声でこう呟いた。
「ひとつだけ訊く……殺していいんだな?」
黒衣の男は一言だけ、こう答えた。
「すきにしろ」
黒衣の男は、そのまま扉の向こうへ消える。
わたしは身構えたまま、セレーナの様子をちら、と見る。
エリクシオンを握る手に、震える程の力がこもっている。
この数の魔物と、そして、レイス。
かなりきつい状況だけど……。
わたしは剣を握り、前へ飛び出す。
「あんたたちの相手はこっち!」
魔物たちが、こちらに注意を向ける。
「かかってきなさい!」
魔物は咆哮を上げ、躍りかかってくる。
「おっとぉ!」
三匹のゴブリンの爪を、一度に剣で受ける。
「こんのぉ……!」
爪を弾き返し、そのまま斬り捨てる。
魔物たちが次々と襲い掛かってくる。
わたしは敵を一手に引き受ける。
「行って。セレーナ」
わたしは言った。
「ここはわたしに任せて」
リーゼロッテも言う。
「ああ。ヤツを逃がすな。ここはミオンと私に任せろ」
レイスが冷たい笑い声を上げる。
「二人でこの俺と渡り合うというのか?」
「そうよ。あんたなんか、わたしとリーゼロッテで十分!」
わたしは、剣を振りかぶり、レイスに挑みかかる。
レイスはそれを、自らの剣で受ける。
「ふん」
その、面倒くさそう、ともいえる立ち振る舞い。
圧倒的な力を感じさせる。
わたしは大声で言う。
「セレーナ、行って!」
リーゼロッテも弓をびゅんびゅん放ちながら、叫ぶ。
「早く行け!」
セレーナは一瞬、わたしたちの顔を見比べる。
それから彼女は、ひとり広間の奥へと駆けて行った。