第五百九十話 魔王城1
「あかるくなってきた」
通路の先から、光が射し込んでいる。
ようやく、このじめじめした所から出られる……おもわず早足になる。
「出口だわ」
「待てミオン。慎重に!」
飛び出したい気持ちを抑え、水路の出口からそっと顔を出して、外を窺う。
「城の裏手に出たようだな」
「見て! 階段があるよ」
わたしは思わず声を上げる。
「裏口なのかな? 城の上階へ続いてるみたい」
「うむ。食料や資材搬入などに使う裏門の可能性はある」
「見張りはいないみたいね……」
セレーナがつぶやく。
すると、にゃあ介がわたしの肩の上で、
「待て」
と言う。
「今は、見張りが見えなくても、おそらく巡回兵がいるニャ」
リーゼロッテがうなずく。
「ミルの言う通りだ。岩場から様子を窺っていたとき、敷地内を衛兵たちが巡回していた。きっとこちら側にも、定期的に巡回兵がくる。やり過ごしてから、階段へ向かおう」
わたしたちは水路に身を潜めて、待った。
◆
いつまでたっても巡回兵など来ない。
待ちきれずに、
「もう行っちゃおうよ」
と言いかけたとき、二匹のコボルトが姿を現した。
コボルトはゆっくりと、城の周りを回ってくる。
歩くと、かちゃかちゃと音がする。
鎧を身に着け、剣を腰に下げているのだ。警備のためには当然のことだが、ぴりっと緊張が走る。
息を殺して、巡回兵が去るのを待つ。
こういうときに限って、お腹が鳴るんじゃないか、とか、くしゃみがしたくなるんじゃないか、とか余計なことを考えて、冷や汗が出る。
やがて、巡回兵は城の向こうの角へ消えていく。
「今だ!」
わたしたちは水路を飛び出し、裏階段へと駆ける。
一気に階段へたどり着き、そのまま駆け上がる。
「よし!」
城の内部へ駆けこむ。
階段を上がると、廊下が続いていた。
廊下へと出た瞬間、コボルトとは違う者の後ろ姿が視界に入った。
◆
わたしは咄嗟に廊下から階段へと身を翻す。
間一髪、見つからなかったようだ。
魔族。
もう一度、階段からそーっと廊下を覗く。
その筋骨隆々とした大きな後ろ姿からは、コボルトなどとは比較にならないくらいの強さが、容易に想像できる。
魔族の男は、廊下を奥へと歩いていく。
わたしたち人間と、相容れない種族。
人間を憎み、人間に憎まれ……人間と、戦うことを宿命づけられた種族――
――ううん。
わたしは首を振る。
互いに相容れないとしても、憎み合っているとしても……これから、わたしたちは戦いをやめさせに行くのだ。
男が廊下の奥へと消えるのを見届けてから、わたしたちは先へと進む。
◆
「魔王の居場所は、本当にこっちでいいのかしら」
階段を上りながら、セレーナが言う。
「大丈夫だよ、こういうのはだいたい最上階って相場が決まってるんだから」
「ニャんだ、その相場っていうのは」
石造りの階段を、わたしたちは慎重に進む。
「魔王って、どんなやつだと思う?」
「さあな……。魔族を統べる者という情報しか、私は知らない」
わたしは想像を逞しくして魔王の姿を思い浮かべる。
「やっぱり、目が三つあったり、腕が四本生えてたりするのかな。案外、弱そうな見た目だったりして……」
「ギャ!?」
階段の折り返しで、突然目の前にコボルトが現れる。
「ハッ!!」
セレーナが一瞬でコボルトを斬り伏せる。
バシュッ、と音がして、魔石が床に転がる。
「――危なかったわ。仲間を呼ばれていたら、面倒なことになってた」
剣を納めながら、セレーナが言う。
「あ、ありがとうセレーナ」
「……低級のコボルトでよかったわ」
わたしは肝が冷える。
セレーナの言う通り、今のがもし魔族だったら――
「先を急ぎましょう」