第五十八話 熱狂
窓から差し込む朝日とともに、静かに目が覚めた。
しばらくそのまま横になっている。
一気に起きたら、夢が覚めてしまいそうな気がしたからだ。
それからゆっくりと起き上がる。
ベッドから手を伸ばし、脇に置かれた赤い鞘を手に取る。
「……むふふ」
鞘を両手に抱え頬ずりしていると、にゃあ介が言う。
(嬉しいのは分かるが、自分がなます切りにならないようにニャ)
そう、これは賞品でもらったルミナスブレード。昨日のことを思い出すと、興奮でまだ体が熱くなる。
我ながら、よく優勝できたと思う。
(新しい剣はなかなかの業物のようだニャ)
「えへへ……。でも、このゴブリンさんの短剣にも色々と助けられたんだよね、だいぶボロボロになっちゃったけど……」
わたしは今まで使っていた古い短剣を取り出すと、ところどころ刃こぼれした刀身を見ながら言う。
「新しい剣も手に入ったけど、まだこれも持っていてもいいかな?」
(いいのではニャいか。武士は本差しが破損した時のために脇差しを装備していたという)
「うん、そうする」
◆
談話室へ入ると、セレーナが椅子に座って窓の方を眺めていた。
「セレーナ、おはよう」
「あ、おはよう、ミオン」
セレーナと顔を合わせると、おもわず笑みがこぼれてきた。
「あー、まだ昨日のことが信じられないよ」
「そうね。でも、私たちは優勝したんだわ。ここにその証拠があるもの」
セレーナは耳で揺れる青いイヤリングに触れる。
「うん、そうだね」
わたしもルミナスブレードを掲げてみせる。
そうはいっても、セレーナも実感がないみたい。
そりゃそうよね、参加したのは魔法学校の中でも腕に自信のあるひとたち。
その中で一番になっちゃうなんて。
「……エヘヘ」
「……ウフフ」
二人揃ってニタニタしていると、いつの間にか時間が過ぎていた。
「もう、学校いかなくちゃ」
◆
学校へ向かう並木の坂道を二人で歩いていると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「おーい」
振り返ると、メガネの女の子が髪を振り振り走ってくるところだった。
「リーゼロッテ!」
セレーナとわたしはアルトリーチェ寮だが、リーゼロッテは別の寮だ。朝、ここで出会うのは初めてのことだった。
リーゼロッテはいつもほとんど一番乗りで学校へ行って、図書室で勉強しているらしい。
「めずらしいね、寝坊?」
「いや……目は覚めたんだが、何だかぼーっとしてしまってな……」
わたしとセレーナは目を合わせ、ぷっと吹き出す。
「私たちもなの」
「何だか気が抜けちゃって」
「ああ……」
リーゼロッテは眩しそうに空を見る。
「いい天気だな」
「そうだね」
ぽけーっと三人で木漏れ日にあたる。
温かくて、気持ちが良かった。
「行きましょ。本当に遅刻しちゃうわ」
◆
急ぎ足で学校へ向かう。
門のところで、ミムとマムに会った。
「あっ、ミオンさんー」
「ミオンさんー」
「セレーナさんー」
「セレーナさんー」
「リーゼロッテさん!」
「リーゼロッテさん!」
二人はいつも高音のユニゾンだ。
見ていて微笑ましいが、多少うるさくもある。
「おはよー、ミム、マム。朝から元気いいね」
「「ミオンさん、すごかったです!」」
二人はさらに息ぴったりになり、ほとんどステレオスピーカーみたい。
「そんなことないよ」
「「セレーナさん! すてきー」」
「ありがとう」
「「リーゼロッテさんも、カッコ良かった!」」
「そ、そうか?」
「「握手してください!」」
「大げさだよ、そんな」
しかし、ミムとマムのはしゃぎっぷりを見ると、断れなかった。
わたしたちは二人と順番に握手したのだった。
ようやくミムマムから開放され、門をくぐると、奥から野太い声がした。
「おー、三人とも! ようやった!」
「ガーリンさん!」
ガーリンさんはいつものように、甲冑をカチャカチャいわせながらやってきた。
「ありがとう、ガーリンさん。応援聞こえてたよ!」
「そうか!」
ガーリンさんは嬉しそうに、
「フハハ! オマエさんたちならやると思うとったわい」
と、言った。
「さ、もう行け。遅刻しちまう」
もっとガーリンさんと話したかったけれど、わたしたちは急いで校舎へ向かった。
◆
凄かったのは、校舎に入ってからだった。
初めに声を上げたのは、一人の女の子。
「キャーッ!」
その子は甲高い声で叫んだと思うと、駆け寄ってきた。
「セレーナさん! 握手してください!」
戸惑うセレーナ。
「したげなよ。きっとセレーナのファンだよ」
「え、ええ」
セレーナが女の子に握手をしてあげていると、わらわらと他の教室からも生徒たちが顔を出す。
あっという間に行列ができた。
「ど、どうしよう、ミオン」
「すごい人気ね! セレーナ」
わたしが感心していると、
「あの、握手を……」
と、耳元で声がした。
「セレーナと握手したいなら、列に並んで」
「いえ、ミオンさんと……」
「え?」
振り返ると、いつの間にか、わたしの後ろに列ができている。
こ、これ、わたしのファン?
「ま、待ってくれ、困ったな」
隣を見ると、リーゼロッテもファンから握手ぜめにあっている。
廊下の向こうからも、どんどん生徒がやってくる。
な、何かすごいことになってるんですけど……!
「コラーッ、はやく教室に入りなさい!」
大声にびっくりした生徒たちが、教室へ戻っていく。
ショウグリフ先生がやってきて一喝し、ようやく散会となったのだった。
◆
放課後も、それは続いた。
校舎の外でリーゼロッテを待つ間も、大勢の生徒たちが、握手を求めに来る。
プレゼントや手紙を渡していった子もいた。
わたしとセレーナが対応に追われていると、校舎からリーゼロッテが顔を出した。
「あ、リーゼロッテ来た」
しかし、リーゼロッテもすぐに他の生徒に捕まり、困惑顔で握手をしている。
「ふぅ……。いやあまいった」
頭を掻きながらようやくわたしたちのところまでやってくると、リーゼロッテは訊いた。
「ミオン、昨日言っていた、気になっていることって一体……?」
「うん、それなんだけど」
わたしは別の生徒から手紙を受け取りながら言った。
「また明日にしよう。明日は学校、休みだし……」
三人が揃うと、また大騒ぎになりそうな予感がした。
「それがいいわね」
手首をさすりながらセレーナも同意する。握手のしすぎで疲れてるみたい。
それでわたしたちは慌てて寮へと逃げ帰ったのだった。




