第五百八十六話 魔王の城へ4
「険しい山ね」
セレーナがつぶやく。
「この山を越えれば、魔王城が見えるはずだ」
リーゼロッテが答える。
わたしたちは今、山道を登っているところだ。
「険しいどころじゃないよ。お、落ちる~!」
わたしは悲鳴を上げる。
片足分の幅しかない道。下は断崖絶壁。踏み外せば真っ逆さまだ。
「まさに自然の要塞と呼ぶにふさわしい場所だな」
とリーゼロッテ。
「こうでなければ、城を築くのに適した場所とはいえないニャ」
「呑気にそう言いますけどね。わたしが落ちたら、にゃあ介だって崖下ですからね」
頭の上のにゃあ介に文句を言いながら、わたしは恐る恐る歩を進める。
足下の小石が崖下へ落ちていく。
ごくり、と唾をのむ。
「ネコ族のわたしだけだったら、魔族の村を抜けられたんじゃないかな……」
「三人で魔王の元へ行くって約束したでしょ。その舌の根も乾かないうちに何言ってるの」
「セレーナの言う通りだぞ。それに厳密には、ミオンはネコ族じゃないだろ」
「ひ~ん。なんでもいいから、早くここを越えたいよう」
びくびくしながら、足を出す。
「ほら、早く歩く歩く」
「お、押さないで、押さないで!」
わたしは滑り落ちないように、少しずつ、じりじりと進む。
「日が暮れてきたわ」
「暗くなってきたな……今日はここで寝よう」
「うそでしょ!?」
たしかに、日が傾きかけている。
「幸い、あそこにちょうど人が寝転べるくらいのスペースがある」
リーゼロッテの言う通り、断崖絶壁の途中に少しだけ岩肌が窪んで広くなっている場所があった。
「あそこなら、三人寝られそうね」
「ああ」
「むりむりむり!」
わたしは駄々をこねる。
こんなところで寝るだなんて……。
「二人はいいかもしれないけどわたしは無理!」
「ミオンは寝相が悪いからニャ。ベッドから落ちることなんかしょちゅうニャ」
にゃあ介に言われ、
「そんなことはないけど! でも、本当に落ちたらどうするの!」
「安心しろ、ミオン。もし寝てる間に落ちたら、目が覚めたときは天国にいる」
「安心できなさすぎる!」
わたしは悲鳴に近い声を上げる。
「だけどリーゼロッテの言う通り、暗くて足元が見えない中、進むよりは賢明よ」
「やだやだやだ」
「往生際が悪いニャ」
「ほら早く行ってミオン、ほんとに前が見えなくなっちゃうわ」
「やだあ~……」
◆
「うーん……最高の目覚めとは言い難いね」
夜が明けた。
「落ちなくてよかったな、ミオン」
「さ、行きましょう」
「うえぇ」
わたしたちは再び断崖の道を進んでいく。
「寝起きでこの道はヤバいでしょ」
わたしは岩壁に抱き着くようにして、歩き始める。
牛歩のごとき歩みで進み、やっとのことで……
「……やったー! 抜けたぁ!」
なんとか絶壁地帯を渡り終え、わたしは両手をあげて喜ぶ。
だが、ほっとしたのもつかの間。
次に目の前に広がったのは、岩と根がごつごつと突き出し、石の転がる道なき道。
草木に遮られ、まともに視界も確保できない。
「うへ~……、こりゃ獣道とすら言えないね」
「とにかく慎重に進むしかないな」
魔族どころか獣でさえ通らないその道は、土が崩れやすくて足場も悪く、一歩一歩がおぼつかない歩みだった。
◆
わたしたちはまだ歩いている……
……長い。とにかく長い。
山道はどこまでも続き、永遠に終わらないかに思われた。
◆
おどろいたことに、何事にも終わりは来る。
わたしたちはついに、山を越えようとしていた。
ちらほらと雪の残る山肌を歩き、峰を越えると、それは突如目の前に現れた。
眼下に広がるのは、灰色の岩肌が幾重にも重なり合う断崖。
その霧に覆われた谷の中に――黒々とした城がそびえ立っていた。
「あれが魔王城……」
わたしたちは息を呑む。
その城は、岩盤に無理やり食い込むように建てられていた。
天守の周りには、塔が天を突くように、何本も伸びている。
窓にちらつく灯が、炎というよりなんだか赤い血に見えた。
まるで闇そのものが形をとったようで、見下ろすだけで背筋が冷たくなる。
誰も言葉を発しない。
言葉にすれば、その城が現実となってしまうようで――ただ、息を殺して見つめるしかなかった。
谷底から吹き抜けた風が、衣の裾をはためかせた。
「もう日が暮れる。そこにある洞窟で夜を明かそう」
リーゼロッテが言う。
わたしとセレーナは黙ってうなずく。
谷からの風になびく髪を押さえながら、城を見つめる。
とうとう、ここまで来たんだ。
――明日、わたしたちは魔王城へ乗り込む。




