第五百八十五話 魔王の城へ3
魔族の男は、わたしについてくるように言って、歩き始めた。
わたしは少し距離をおいて、彼の後を歩いていく。
これから魔王城へ向かおうというのに、魔族の男にどこかへ案内されるなんて……
「なんか変なことになっちゃった。どうしよう……」
わたしが困って後ろを振り返ると、
「あっ!」
すこし向こうの方に、セレーナとリーゼロッテの姿が見えた。
わたしの戻りが遅いのを心配して、探しに来てくれたのだろう。
と、
「お前、名前は?」
魔族の男が言う。
わたしは慌てて、後ろにいる二人に向かって、ジェスチャーで隠れるよう示す。
セレーナとリーゼロッテは、さっと木陰に隠れる。
「名前は?」
男が振り返る。
「…………」
わたしが二人のほうを気にしていると、
「なんだ? 口がきけないのか?」
「えっ? あっ、み、ミオンです」
わたしは答える。
「迷子のミオンか。ネコ族にしちゃ、悪くない名だ」
不意に訊かれたので名前を答えてしまったが、黙っていた方がよかっただろうか。
男はどんどん歩いて行く。
セレーナとリーゼロッテは、わたしの身振り手振りから、隠れていろという意図をくみ取ったのだろう。
見つからないように隠れながら、わたしの後をついてきているようだ。
わたしはそのまま男についていく。
◆
魔族の村は、山の麓にあった。
わらぶき屋根の家々が点々と並び、その周りに畑が広がっている。
わたしの目の前には木でできた簡単な柵がある。
これが村の入り口になっているようだ。
村に足を踏み入れる瞬間、緊張感が走る。
魔族の村……。
もしかしたら、わたし、このまま八つ裂きにされるんじゃ。
「逃げた方がいいかな……」
わたしはにゃあ介に小声でささやく。
「ま、大丈夫ニャろ。むしろ今逃げ出したほうが逆に怪しまれるニャ」
肩の上のにゃあ介は呑気にそう言うが、わたしは気が気じゃなくなって、後ろを振り返る。
リーゼロッテとセレーナは、ちゃんとついてきてくれているだろうか。
ここからではよくわからない。だが、二人がわたしを見捨てるはずない。近くにいるはずだ。
覚悟を決めて、わたしは男について行くことにした。
わたしは男の後ろで、なるべく目立たないように体を小さくしながら歩いていく。
村の中の道を、男について進む。
途中、畑仕事をしているらしき魔族の男が、ちら、とこちらを見るが、特に気にするようでもない様子だ。
やがて男が、一軒の家の前で立ち止まる。
「ここが俺の家だ。入れ」
男に促され、わたしはその中へと足を踏み入れる。
家の中も外見に違わず、簡素な造りだった。
簡素ではあるが、部屋はいくつかあるようだ。
その中の一室に通されると、
「そこに座って待ってろ」
男はそう言って部屋を出ていく。
木製の椅子や机がある様子をみると、ここは居間かダイニングのようだ。
男が少しして戻ってくる。
「ほら」
男は何かをわたしに投げてよこす。
取り落としそうになりながら、なんとかそれをキャッチする。
「食い物だ。やるよ」
それは、焼いたパンだった。
一瞬固まるわたし。
「あ、ありがとう」
わたしはパンを手に、頭を下げる。
「…………」
男はこちらを見て、黙っている。
「あの、何か?」
わたしが訊くと、男は、
「食わないのか?」
と言った。
「腹が減ってるんだろう?」
わたしは手元のパンに目をやる。
固いけれど、ちゃんと食べれる物みたいだ。
一口かじってみる。
「あ、けっこうおいしい」
食べれるどころか、フランスパンみたいで、かなり美味しかった。
「はむっ」
かじりついて、そのままぺろりと平らげる。
男はそんなわたしをじっと見ている。
そして、もう一度部屋を出ていく。
やがて戻ってきた男は、パンをもう二切れ持っていた。
「ほれ、これをやるから、早く自分の村へ帰れ」
わたしは、黙って男が差し出すパンを見つめる。
「どうした?」
「あの……どうして?」
「何がだ?」
男はそう訊ねてから、
「どうして、……わたしにパンをくれるの?」
「ああ……。俺はお前がネコ族だからといって、何とも思わん」
と話す。
「他の魔族の中には、奴隷にしたがるようなやつもいるがな」
そう言ってフンと鼻を鳴らす。
「さあ、わかったらこれを持ってさっさと村へ帰れ」
◆
魔族の村を出て、元の小川を目指して歩く。
少し行くと、木陰から、セレーナとリーゼロッテが飛び出してきた。
「大丈夫? ミオン」
「おどろいたぞ。帰りが遅いので見に来たら、まさか魔族に捕まっていたなんて」
「ううん、捕まったんじゃなくて……」
わたしは首を振る。
「パンをくれたの」
セレーナとリーゼロッテは、わたしが手に持っているパンに目を向ける。
二人とも驚いた顔をする。
わたしは歩きながら、先ほどあったことを二人に話す。
「わたし、わかんないな。……魔族ってあんなに親切なの?」
リーゼロッテが言う。
「うーん……ただ単に、珍しい魔族に出会った、というわけではなさそうだな」
セレーナがにゃあ介に、
「ミル、私たちが戦ってきた魔族のイメージと、あまりに違わないかしら?」
と訊ねる。
「……ふむ。魔族と人間はいがみ合っている」
にゃあ介は言う。そして、
「だが、ネコ族のような中立の存在を相手にした場合には、そう違いはないのかもしれニャい」
こう続ける。
「……魔族も、人間もニャ」




