第五百七十三話 旧極魔法の契約2
わたしたちは、岩の上で、必要な素材をすり潰している。
ごり……ごり……
ヴァルリヤ石の赤、アプシントスの青、ピップ虫の黄。この三色を混ぜて作る黒いインクが、旧極魔法を発動させる鍵になるらしい。
「よいしょ」
ごり……ごり……
力を込めて、ひたすらすり潰す。
根気よくヴァルリヤ石をすり続けると、やがて赤い粉末となる。
次にアプシントスに取り掛かる。
青いアプシントスをすり潰していくと、花のいい匂いがしてくる。
「よし、いいだろう」
リーゼロッテが言う。
「混ぜよう」
すり潰したヴァルリア石とアプシントスを、ピップ虫の粘液の入った瓶に投入していく。
蓋をして、瓶を振ると……
「わぁ、黒くなった!」
瓶の中に、黒い液体ができた。
「これで魔法陣を描くのね。できそう?」
セレーナが言う。
「指で描くのはすこし難しそうだ。何か筆の代わりになりそうなものがあればな……」
「筆の代わりかぁ」
わたしは周りを見回すが、代用になりそうなものはなかなかない。
「う~ん……あっ」
わたしの視線は岩の上で止まる。
「……何ニャ」
わたしは猫なで声を出して、
「ねぇ、にゃあ介ちゃん」
「ことわるニャ!」
にゃあ介が即答する。
「ネコまんま」
「いやニャ!」
にゃあ介は断固として拒否するが、
「わがまま言わない! この際仕方ないでしょ」
「…………」
「ね、ちゃんと新しいのつけてあげるから」
「……約束ニャぞ」
にゃあ介は渋々、尻尾をぱたくたと動かすのだった。
「うまくいくといいが……」
そうつぶやいてリーゼロッテは瓶の蓋を開ける。
「なにせ、見たこともない記号だ。間違えないよう、慎重に描かないとな」
「間違えたらどうなるの?」
わたしが訊くと、にゃあ介がこう答える。
「まあ、運が良ければ何も起こらないニャろう」
「う、運が悪かったら……?」
その質問には、リーゼロッテが答える。
「ヒネック先生がどうなったか、知ってるだろう?」
わたしは沈黙する。
「では……。すまないな、ミル」
そしてリーゼロッテはインクににゃあ介の尻尾を浸し、魔法陣を描き始める。
◆
リーゼロッテは時間をかけて魔法陣を描き進める。
にゃあ介は、リーゼロッテに抱えられて一緒に岩の上を行ったりきたりしている。
わたしは、岩の縁にそっと触れてみる。
滑らかではあるが、岩特有のざらっとした感触も感じる。
「どう? リーゼロッテ」
「もうすこしかかる」
わたしとセレーナは、岩の近くでしばらく待つ。
海からの風は、少し冷たくて心地いい。
「よし、できた」
リーゼロッテが顔を上げる。
「すごい」
リーゼロッテが描き上げた魔法陣は、見たこともない記号でいっぱいの、複雑なものだった。
「二人とも、一応チェックたのむ」
リーゼロッテが魔法陣の描かれた羊皮紙を渡してくる。
わたしとセレーナは、岩の上の魔法陣と見比べて間違いがないか確かめる。
「ワガハイの尻尾が……」
にゃあ介が、黒くなった尻尾をうらめしそうに見つめながら言う。
「なめたらだめだよ」
「わかってるニャ」
わたしは念入りに魔法陣を見比べた後、セレーナに、
「間違い……ないと思う。ね、セレーナ?」
と訊ねる。
「ええ、大丈夫だと思うわ」
セレーナは答えて、
「準備完了かしら?」
リーゼロッテはうなずいて、
「最後に、これを置いて、魔法陣は完成だ」
そう言って、リーゼロッテは魔法陣の中心にケット・シーを置く。
緑色の魔石がきらりと光る。
「よし」
リーゼロッテはわたしの方を見る。
「ミオンの出番だな」