第五十六話 炎
観客席から一斉に悲鳴が上がる。
すさまじい炎が、ドラゴンの口から噴射される。
「危ない!」
セレーナとリーゼロッテは、すんでのところで炎を避ける。
熱波がわたしのところまで襲い、頬を炙る。
「ブレスを封じていた口輪が……!」
エスノザ先生の声。
「危険だ! コンテストは中止だ!」
観客は逃げ出し、先生たちは慌てふためき、会場はパニック状態だ。
問題はセレーナとリーゼロッテだった。
二人はドラゴンの目の前で、じりじりと後ずさりしている。
だが、こんな騒動の中でも、レッサードラゴンは二人から目を離さない。
それどころか完全に二人をロックオンしている。
「何で? 何でなの!?」
狼狽するわたしに、にゃあ介の声。
(ミオン、あれだ!)
「え?」
(よく見ろ、頭だ!)
わたしはセレーナたちの頭を見る。
そこには、いつか三人一緒に買った、小さな髪飾りが光っている。
「……あれのせい?」
呆然とする。
だがどうやら、銀色に光るその髪飾りこそ、ドラゴンを引きつけている物に間違いなさそうだった。
そしてドラゴンの腹から、またゴロゴロという音が聞こえ始めた。
◆
「こっち、こっちよ!」
とっさにわたしはドラゴンに向かって大声で叫んでいた。
手には頭から取った髪飾り。
それに日光をピカピカと反射させ、声の限り叫んだ。
「こっちだってば!」
光が目に入り、ドラゴンがゆっくりとこちらを振り向き始める。
ドラゴンが大きく口を開く。
漆黒の中に赤い光が渦巻く。
そして……炎のブレスが吹き出だされた。
あ、わたし、死んだ――。
◆
何故、わたしはそれを口にしたのかわからない。
何の目論見も、勝算もなかった。
ほとんど無意識で。
ただ何もしなければ死ぬ、という状況で、ヤケクソ気味に足掻いただけだった。
別の瞬間に同じ状況に置かれたとしても、同じことを思いついたとは思えない。
とにかく、わたしは唱えた。
「……ウワオギ」
◆
ドラゴンの炎が、わたしに吹きつける。
みんなが悲鳴を上げている。
セレーナも、リーゼロッテでさえも叫んでいた。
だが、わたしは無事だった。
確かに熱いが、燃える程ではない。
身体の周りを何か冷たい風が覆っているようだった。
それは不思議な感覚だった。
やがてブレスが止む。
ドラゴンは続けて、こちらめがけて突進してくる。
わたしは手に持っていた髪飾りを、檻へ投げ込む。
ドラゴンは急に方向を変え、檻の中へまっしぐらに飛び込む。
エスノザ先生が間髪入れずに叫んだ。
「檻を閉じろ!」
まだ逃げ出していなかった、数人の男たちが固定されていたロープを切り、鉄格子が落ちる。
◆
「みんな、檻から離れて」
エスノザ先生が、みんなに注意している。
セレーナとリーゼロッテはすぐにわたしのところへ駆け寄ってきた。
「ミオン!」
セレーナは涙目だ。
「大丈夫なの?」
「うん。魔法のおかげみたい」
「――そうか、あの時の悪魔との契約魔法か。ドラゴンのブレスを軽減する魔法だったのだな……」
リーゼロッテが言う。
「知っていたのか?」
「ううん、ただの偶然」
「無茶なヤツだ」
わたしの言葉に呆れるリーゼロッテ。
「ミオンのバカ! あんな危険なこと……」
セレーナは急に怒りだした。
「ご、ごめん、ごめんセレーナ」
セレーナは泣き出しそうだ。
「何かあったらどうするつもりだったのよ!」
そう言って、わたしをぽかぽかと殴ってくる。
「ごめんてば……」
「ミオンのバカ…………あら?」
セレーナの動きが止まる。
「どしたの?」
「それ……」
「あ」
完全に忘れていた。
わたしの左手、セレーナの指さした先にあったのは……
「な、なんと!」
近くで見ていたショウグリフ先生が叫ぶ。
「それは優勝杯!」
慌てて先生は壇上へ走っていく。
わたしたち三人は顔を見合わせる。
「やったの?」
「やったかな」
「やったみたい」
壇に上がったショウグリフ先生は、ようやく戻ってきた観客に向かって、こう叫んだ。
「みなさん、コンテストは終了しました。優勝者はこの三人です!」




