第五百五十六話 巨大な魔物
図書館を出ると、広い通りを右往左往する人々の姿が目に入った。
「ま……魔物だぁーッ!!」
誰かが叫ぶ。
「魔物!?」
わたしたちは、図書館前の階段を駆け下りる。
「どこ?」
周りを見回しても、魔物の姿は見当たらない。
「どこなの? いったい」
(匂うニャ……。圧倒的強者の匂い)
にゃあ介が言う。
「どこよ? どこにもいないんだけど」
(上ニャ!)
「上?」
「あそこだ!」
リーゼロッテが図書館の上を指さす。
空へ向かってそびえ立つ、王立図書館の高い屋根。
その円錐形の屋根に、翼を持った巨大な魔物が、しがみついていた。
「逃げろーっ!」
人々が口々に叫ぶ。
わたしは巨大な魔物を見上げ、つぶやく。
「何あれ……?」
その魔物は翼をもち、全身は、燃え盛る炎のような真紅の鱗で覆われている。
角はねじくれた黒曜石のように鋭く、長大な尾は、屋根からはみ出し、のたうつ。
輝く黄金の瞳には、見る者を射すくめる力があった。
「あれは……!!」
気付けば、隣に、図書館から駆け出してきたオッポさんが居た。
丸眼鏡を直しながら、上方を見上げ、オッポさんが言う。
「レッド・ドラゴン……! なぜこんな場所に!?」
リーゼロッテは、
「レッド・ドラゴンだって?」
信じられない、といった口調だ。
「ほぼ伝説上の生き物、と言っていいわね」
セレーナも、ありえない、という表情で、
「王都にドラゴンが飛んでくるなんて……」
と、その魔物を見上げる。
わたしはドラゴンの迫力に圧倒される。
「あれが、レッサーじゃない、本物のドラゴン……」
その体格、纏っているオーラ、周りの大気を震わせる程の殺気。どれをとっても、レッサー・ドラゴンとは段違いだ。
「まずいぞ。ドラゴンは災害級の魔物だ」
リーゼロッテが言う。
「災害級って?」
わたしは、リーゼロッテに訊き返す。
「都市ひとつ無くなっても、おかしくはない」
その返答に、わたしは、ごくりと唾を飲む。
「……てことは、つまり」
「……ええ」
セレーナが頷く。
「王都に甚大な被害が出るかもしれない」
わたしたちの言いたい事を、リーゼロッテが要約する。
「そんなの……」
わたしは、怖気づきそうになる自分に鞭打つように、拳を握る。
「――戦うしかない!」
◆
わたしたちは、剣を抜き、上方を見上げて戦闘態勢をとる。
レッド・ドラゴンは、王立図書館の屋根の上でゆっくりと身体を旋回させながら、金色の瞳で周りを睥睨している。
「とんでもないところに居座ったもんだな」
リーゼロッテは自らに強化魔法をかける。
「どうやって戦う?」」
わたしは、右手に剣を握り、左手を掲げて魔法を発動する体勢に入る。
「まず、地上に引きずり下ろす必要がわるわね」
セレーナも、剣を抜いて身体の前に構え、魔法剣の準備に入る。
「まだ手を出すなよ」
リーゼロッテが言う。
「うん。もしかしたら、このまま何もせず飛び去ってくれるかもしれない」
しかし、その考えは甘かった。
妙な音が聞こえ始める。
屋根の上のレッド・ドラゴンからだ。
低いうなりのようなその音に聞き覚えがあった。
あれはレッサー・ドラゴンと対峙したとき。
「炎を吐こうとしてる!」
「吐かせてはダメ!」
セレーナが叫ぶ。
往来には、まだ逃げ遅れた人たちがたくさんいる。
「ちっ」
リーゼロッテが弓を放つ。
矢は真っすぐドラゴンめがけて飛んだ。しかし硬い鱗にはじき返される。
攻撃されたことに気づいたドラゴンが、怒りの咆哮を上げる。
その眼が、わたしたちをとらえる。
「くるぞ!」
レッド・ドラゴンが翼を広げる。
王都グランパレスの、街のど真ん中で、戦いの火蓋が切って落とされた。




