第五百五十四話 魔族大歴
「セレーナさま! チコリ! リーゼロッテさんにミオンさんも……元気そうでよかった!」
「皆さん無事で何よりでございます」
ユリナさんとバートさんは、門の前まで来てわたしたちを迎えてくれた。
魔法学校陥落の報せは、一足先に伝わっていたようだ。
「ありがとう、わたしたちは大丈夫」
「ユリナ、バート。心配かけたわね」
わたしたちは答える。
わたしの横には、セレーナ、リーゼロッテ、チコリ。
セタ王子は王宮へ、リーズはすでにグランパレスの隼の元へと向かった。
「おかえりなさい、チコリ」
ユリナさんが両手を広げると、チコリが、ばふっとユリナさんの胸に飛び込む。
「ただいま、ユリナさん」
「チコリ、怪我がなくてよかった」
ユリナさんとバートさんは、ようやく笑顔を見せる。
二人ともわたしたちの姿を見て、すこし安心したようだ。
「皆さん、さぞや大変だったでしょう。さあさあ、中へお入り下さい」
バートさんに促され、わたしたちはセレーナ別邸へと入る。
◆
「しかしまさか、魔法学校が襲撃されるなんて……」
わたしたちは、ユリナさんが淹れてくれたお茶を頂きながら、ルミナスでの出来事を話していた。
「前代未聞の出来事にございますな」
「魔物たちが、自発的に魔法学校を狙い撃ちすることなんてあり得えますの?」
ユリナさんが訊く。
どうやらまだ王都には、断片的にしか情報が伝わっていないようだ。
「いや、魔族が先導したと考えて間違いない」
「実際、敵の中には、魔族の姿があったの」
バートさんが言う。
「魔族が……。やはり、わが国の情勢が不安定なところを狙ったのでしょうか」
バートさんはみなまで言わなかったが、ユンヒェムがいなくなったことを指しているのがわかった。
「そうかもしれないわね。でも、詳しいことは分からないわ」
セレーナが言う。
「左様でございますか……。ともあれ、皆さんお疲れでしょうし、しばらくはこの家で休養なさったらよいかと」
「ええ。みなさんのために、ふかふかのベッドをご用意してます」
「ありがとう、二人とも。でも私たち、明日にでも王立図書館へ行きたいの」
セレーナが言うと、
「王立図書館へ? あんなことがあった後ですし、一日くらいゆっくりなさっては……」
困惑するユリナさん。
「そうね……でも大丈夫よ。調べたいことがあるの」
まだ心配そうなユリナさん。
するとチコリが言った。
「行ってらっしゃってください、セレーナさま。あたし、ユリナさんとお食事の用意して、待ってます!」
チコリは笑顔だ。
「ね、ユリナさん。あたし、久しぶりにセレーナさまのためにお料理つくりたいんだ」
「チコリ……」
わたしはチコリを見つめる。
胸が熱くなる。きっと、自分にできることをやろう、と決心したんだ。
「ありがとう、チコリの手料理、楽しみにしてるね!」
そうして、わたしたちは明日の朝、王立図書館へ向かうことにした。
旧極魔法の手がかりを探すために。
◆
謎多き著者、ヴィレンプの手になる魔族大歴。
その本自体はすぐに見つかった。しかし……
「やはり、頁が欠けている」
「ってことは……」
「これは初版本じゃない、ってことね」
わたしたちは、声を低くして話す。
今いるのは、王立図書館。
どこまでも続く本棚にびっしり本が並ぶ、ちょっとした本の迷路だ。
わたしたちは、魔族大歴を持って、図書館の受付へと向かう。
「訊きたいことがあるのだが……」
リーゼロッテが書士に向かって訊ねる。
「この本の初版本が置いてあるかどうか、知りたい」
「ええと……」
女性の書士は、本を受け取り、
「『魔族大歴』の初版ですね。少々お待ちください」
そう言うと、受付の奥へと引っ込んだ。
数分後、書士は戻って来た。
「あのう……」
少々困った様子の女性書士を見て、
「ないんですか?」
と落胆するわたしたち。
「いえ、蔵書はあったのですが……」
と書士は言う。
「一般には公開していない資料とのことでして」
わたしたち三人は顔を見合わせる。
書士は、困ったように、
「どうやら、閲覧には特別な許可が必要になるようなんです」
わたしは言う。
「この子、セレーナ=ヴィクトリアスっていうんです。それでもだめですか?」
「ちょ、ちょっとミオン」
とまどうセレーナに、わたしはウィンクして、
「こういうとこでこそ、ヴィクトリアス家のパワー発揮しないと」
しかし書士は、
「はあ……そう言われましても……」
と、煮え切らない。
「キミ、ちょっと」
奥から、丸眼鏡に小太りの書士さんが、現れる。
その手には、いかにも古めかしい本を持っている。
「ヴィクトリアス家の令嬢さんだね。それなら、許可はいらないよ」
「オッポさん、いいんですか?」
女性の書士さんが、不思議そうに訊ねる。
「いいんだ。君は知らないだろうけど」
オッポと呼ばれた丸眼鏡の書士は、話す。
「ユリウスさまには、当館に多大なご寄付をいただいていた」
そして、
「本当に惜しい人を亡くしたね。……はい、『魔族大歴』の初版本」
手に持っていた本をセレーナに差し出す。
「貸し出しはできないけれど、メモは自由にとっていいから」
「ありがとうございます!」
わたしたちはお礼を言って、オッポさんから本を受け取った。




