第五百五十一話 そのとき
生徒たちのほとんどは、先生たちに付き添われて、朝の馬車で実家へと帰って行った。
わたしたちは、学校へ戻っていた。
そこにイェルサの稲妻の姿はなかった。
いったい、彼らはどうなってしまったのだろう。
最悪の想像だけはしたくなかった。
「彼らなら、きっと大丈夫よ」
「Sランク冒険者は、そんなやわじゃない」
「うん――」
校舎の様子を見て歩く。
リーゼロッテが言う。
「立て直しに何年かかるのだろうか……」
わたしは、焼け跡の瓦礫と化した魔法学校を、ただ黙って見つめていた。
近くで見ると、余計に被害の大きさがわかる。
「ミオン」
セレーナが、わたしの肩をそっと抱く。
わたしは、つい昨日まで、魔法学校の校舎だったものを見る。
「…………」
悲しさ、悔しさ、怒り。
いろんな感情が、ごちゃまぜになってこみ上げてくる。
「ミオン」
セレーナがもう一度、わたしの名を呼んだ。
「もう、行きましょう」
わたしは、魔法学校だった瓦礫の山に向き直る。
ひとつ、瓦礫を拾い上げる。
そして、言った。
「今まで、ありがとう」
◆
ルミナスの街も、打撃を受けていた。
標的が学校だったため、けが人などは少ないようだが、魔物たちの通り道となった魔法学校の北部は、酷い状態だった。
壊れた屋台や、半壊した建物。
焦げた空気にすすけた煙が立ち込めている。
人々の表情は、まだ事態を吞み込めていないかのように、呆然としていた。
そんな街なかをわたしたちが歩いていると、
「セタさま!!」
ちょび髭の従者が、
「ご、ご無事でしたか!」
と、泣き出さんばかりの様子で、セタ王子に走り寄ってくる。
「学校は廃墟、街もこのありさま。王子になにかあったら、私は一体どうしようと……」
どうやら一晩中、セタ王子を探し回っていたらしい。
「僕は無事だよ、心配させてごめん。……魔物と出くわさなくて、なによりだった」
セタ王子がそう言うと、彼は本当に泣き出してしまった。
「それで……」
リーゼロッテが言う。
「これからどうする? 学校はなくなってしまった」
わたしは、魔法学校のあった方角へ目をやる。
この事件で、ひとつ決心したことがあった。
わたしはこう答える。
「わたし、魔王を倒す」
世界の平和のためなんて、大それたことはまったく考えていない。
ただ、その思いが心の底から溢れてきたのだ。
「なぜ魔王を?」
「魔王は、魔族の王様でしょ。だから、わたしが魔王を倒して、こんなことをやめさせる」
セレーナとリーゼロッテは、目線を交わす。
そして、言う。
「だったら、私たち、の間違いだな」
「ええ。一人では無理だわ」
「セレーナ、リーゼロッテ……」
二人は、わたしを見て、笑う。
わたしたちにもう、これ以上の言葉は必要ないみたいだった。
「行こう」
ルミナスを後にしようと、歩きはじめる。
そのとき、声がした。
「待て」
振り返るとヒネック先生が立っている。
「え?」
ヒネック先生は黙って、右手を差し出す。
その手には、緑色の魔石が光っている。
「これは……『ケット・シー』?」
「いつか必要になるときが来るまで、私が持っておく約束だったな」
ヒネック先生は言う。
「いまがそのときだ」