第五十四話 第三の試練
「やったー、100ポイント!」
わたしたちが歓喜に沸いていると、そこへムスッとした顔のヒネック先生がやって来て言った。
「今のは違反だ。70ポイント減点して、30ポイントとする」
「ええーっ、何で何で!?」
わたしは当然納得出来ない。しかしヒネック先生は言う。
「落とした剣を、他人が拾った。減点だ」
何ソレ? そんなルール聞いてない!
「先生、それはおかしいです! いいがかりだわ」
「審判にこれ以上口答えするなら、さらに減点する」
「ぐっ……」
わたしは唇を噛んで黙りこむ。
セレーナとリーゼロッテも口惜しそうだ。
それでも、これ以上減点される訳にはいかない。
わたしは、ぷんすか腹を立てながら、引き下がるしかなかった。
◆
第二の試練が終了してしばらく後。
校庭に現れたのは、巨大な物体だった。
その場にいた人間が、皆、同じ方向を見つめていた。
それは縦横5メートル四方もある箱。
大の男が十人以上もかかって引きずってきたのだ。
おそらく、彼らには身体強化魔法をかけてあるだろう……にもかかわらず、男たちは歯を食いしばって引っ張っている。
鉄で出来ているらしいその箱が運び込まれた後、ショウグリフ先生は壇上に上がり、話し始めた。
「さあそれではいよいよ、第三の試練。これがつまり決勝戦となる」
ときおり、観客から声援が飛んでくる。
さっきの戦いで、わたしたちのチームを応援してくれる生徒も増えたようだ。
……ていうか、セレーナを、かな?
結局、第二の試練を突破したのは、わたしたちを含めて3チームだけだった。
この3チームが、優勝をかけて第三の試練を争うのだ。
けっこう、確率高いんじゃない?
これも、リーゼロッテとセレーナのおかげ。
わたしも頑張らないと……。けど、あの箱、何なの?
「第三の試練を課してくださるのはこの人」
ショウグリフ先生は右手をあげて紹介する。
「エスノザ先生です」
エスノザ先生は壇の上にあがると、トレードマークのシルクハットにちょっと手をやってから話し始めた。
「えー、第三の試練は私がかねてから準備していたものですが――」
先生の顔には笑みが浮かんでいる。
「こいつを借りるのに、随分苦労しました。何ヶ月もかかって、いろいろなギルドを回って訊ねました」
先生、一体何のことを言ってるの?
わたしはちらちらと鉄の箱へ目をやる。
あれが気になってしょうがない。
「このまま見つからなければ、大会の開催もないかもしれない。……だが、とうとう港町のギルドでこいつをとらえた、という情報をつかんだのです」
港町……?
ん? そうか。
わたしは思う。馬車で先生と出会ったのも、そのときの帰りだったのかもしれない。
そんなことより、鉄の箱。
あの大きな鉄の箱の中身は何?
「まあ、話すより見てもらったほうが早い。おい、開けてくれ」
エスノザ先生が言うと、鉄の箱の前部にある鉄の蓋が開き始めた。
ゆっくりと、蓋が前へ倒れ――ズズン、と砂埃を上げる。
そして現れたのは鉄格子。
わたしの視線は鉄格子に釘付けになる。
あれは鉄の檻だったのだ。
一体、中にいるのは……?
と思う間もなく、ガシャン! と何かが鉄格子にぶつかる音がした。
そして、静まり返った会場に、低く、重たい唸り声が、地鳴りのように響く。
「絶対ヤバいやつじゃん……」
檻の中が暗くてよくわからないが、鉄格子の間から一瞬、その爪がはっきりと見えた。
鷲や鷹のような猛禽類の爪を、そのまま百倍にしたような爪だった。
「ウソでしょ?」
わたしは思わず声を漏らす。
あれと戦えっての?
「えー、ご紹介しましょう。このモンスターは、『レッサー・ドラゴン』といいます」
◆
どよめく会場の中、エスノザ先生は言う。
「レッサーとはいえ、ドラゴンです。甘く見ないように」
そして、こう続ける。
「一応、口輪で炎やブレス類は封じてあります。思う存分、戦ってくれたまえ」
「思う存分、て言ったって……」
わたしは檻の中のレッサー・ドラゴンに目をやる。
ドラゴンの口輪から涎が滴るのが見える。鋼鉄製の口輪の奥に、小刀ほどもある牙が幾本ものぞいていた。
口を封じてくれたのはいいけれど、あの爪は?
鋭い爪が、ガリガリと檻の縁を削っている。
(なかなかいい爪を持っているニャ)
「あんなのまともに食らったら、ただじゃすまない」
「はっはっはっ」
わたしの声が聞こえたのか、エスノザ先生は快活に笑った。
「私を誰だと思っている? 治癒魔法は専門だ」
いや、そんなこと言ったって……。
「傷は治ったとしても、……痛いじゃん」
うん。間違いない。
めちゃくちゃ痛いだろう。
(食らわニャければいい)
「簡単に言わないでよ……」
わたしは、他の挑戦者チームの生徒の顔を見回す。
皆一様に青い顔をして、檻の方を窺っている。
中には明らかに出場したのを後悔している顔もある。
「レッサー・ドラゴンは、檻に繋がれている。その檻の奥にある、優勝杯をつかんだ者が、すなわち優勝者だ」
「えーっ、檻へ入れっていうの? 無茶よ!」
エスノザ先生は、またわたしを見る。
「君たちの得点は、110ポイント。1位は200ポイント。2位は190ポイント。したがって、2位は1位の10秒後、君たちは2位の80秒後にスタートする」
セレーナ、リーゼロッテとわたしは、3人で顔を見合わせた。
みんな戸惑いの表情を隠せない。
「それでは早速はじめます。5……4……3……」
「ちょ、ちょっと、ホントに開けるの?」
「2……1……はじめ!」
エスノザ先生の号令とともに、男たちが綱を引く。
すると檻の鉄格子が徐々にせり上がり始めた。




