第五百四十八話 第二陣
「なんだって?」
皆の顔が青い。
だがエイサさんの顔色は、その中の誰よりも真っ青だった。
「次々来ます! その数、い、今までよりももっと多く……」
「たしかかね」
ショウグリフ先生が訊く。
「はい。魔物の群れがルミナスを侵攻してきます」
エイサさんは言う。それから、
「先頭に、異様ないでたちの、背の高い男がいます。あれはおそらく、魔族……」
「風貌を詳しく」
リーゼロッテが割って入る。
エイサさんが手早く説明する。リーゼロッテはつぶやく。
「レイス、か……?」
「レイス?!」
わたしたちは、思わず声を上げる。
「生徒たちの失踪事件の首謀者だね」
ジェイクは言う。
「強いのかい?」
ジェイクの質問に、わたしたちは黙ってうなずく。
「今あいつに来られたら……」
ほんの僅かの間だったが、絶望的な沈黙がその場を支配した。
ショウグリフ先生が、ようやく一言、
「このままではもたない」
そう言った。
そして校舎の窓を見上げ、言う。
「――深刻な被害を被る可能性が」
深刻な被害……?
何言ってるの? 嘘でしょ?
わたしは現実を受け入れられない。
先生方が、救いを求めるように振り返る。
その視線の先には、一人の少女……いや、この学校の最高責任者が立っている。
「ガーナデューフ校長、いったいどうするべきでしょう……?」
◆
「仕方ない。皆を脱出させよう」
校長先生は、言った。
「校長、しかし……」
エスノザ先生がそう言いかけるが、
「他に選択肢はない。脱出ぢゃ」
決然として、校長先生は指示を始める。
「ですが校長……、脱出といったって、学校は魔物に取り囲まれています。一体どうやって……」
「校舎一階の階段横に、隠し扉がある。その地下から脱出できる」
「なんですって?」
ヒネック先生が、狐にでもつままれたような顔をする。
「いつだったか、その地下通路で君たちに会ったね」
先生が、わたしたちを見て言う。
この魔法学校の建物は、古いお城を改築したもので、当時の隠し部屋や隠し通路といった類のものが、今も残っている。
たしかに過去一度、地下通路で校長先生と会ったことがある。もう、ずいぶん昔のことに思えた。
「さあ、迷っている暇はない。エスノザ先生、みんなを誘導してください」
「……わかりました」
エスノザ先生が、言う。
「皆さん、校舎へ戻ります。生徒たちを脱出させましょう」
だが、わたしは動かない。
(ミオン。ミオン、聞いているのか?)
「さあ、ミオン君。君も」
エスノザ先生が促す。
「イヤ! イヤだよ先生」
「わがままを言ってる場合じゃない」
そう諭すのは、ヒネック先生だ。
「でも……先生、学校は!? 学校はどうなるの?」
わたしはつい大声を上げる。
「……魔物たちに……学校を明け渡すなんて!」
「さっさと行くんだ」
その場に残ろうと抵抗するわたしを、ヒネック先生が連れて行こうとする。
「ミオンさん、こうなっては仕方ありません。校長先生の決断は正しい」
エスノザ先生が言う。
(ミオン、この際仕方ない。先生たちの言う通りにするニャ)
それらを無視して、わたしは剣を抜こうとする。
「わたしは学校を……」
その腕をつかまれた。校長先生だった。
「君も一緒に脱出するんぢゃ」
「でも、でも!」
わたしは、校長先生の言葉すらほとんど耳に入っていなかった。
ただ学校を守らなきゃ、という思いでいっぱいだった。
「ミオン。ミオン、よく聞きなさい」
校長先生がわたしを揺さぶるようにして言う。
「私も学校に思い入れはある。先祖から預かった大事な学校ぢゃ」
「…………」
「私が学校を壊されて嬉しいと思うかね?」
「だったら……、だったら戦わせてください」
いつの間にか、わたしの肩は震えていた。
(ミオン……)
「わたし、この学校が好きなんです!」
こんな思いになるなんて、前の世界では考えられないことだった。
学校を守りたい、なんて、このわたしが。
「もちろん、私もぢゃよ」
こくりとうなずく校長先生。
「大大大、大好きぢゃ」
先生はわたしの腕を離さない。
「……ぢゃが、一番大事なのは、校舎ではない」
有無を言わさぬほどの力が、先生の細い腕に込められていた。
けれど、校長先生の笑みは、これ以上ないほど優しかった。
「君たち生徒ぢゃ」




