第五百四十五話 接近
「だめだ! 生徒は全員、食堂へ避難だ。敵がもうすぐ……」
「わたしたちも戦います」
エスノザ先生が言い終わるのを待たずに、わたしはもう一度言う。
「君たちは……」
エスノザ先生は何か言いかけるが、すぐに口を閉じた。
やれやれ、といったように首を振りながら、言う。
「わかった。だが決して無理はしないように」
それから、門の方へ向き直る。
「さあ、はやく門を閉めて!」
ふたたび門が閉じられようとする。
そのとき、校舎から、別の三人が飛び出してきた。
◆
「まったく……」
エスノザ先生が頭を抱える。
「先生、そんなことより、敵に備えましょう」
わたしは言う。
「来ちゃったものはしょうがないでしょ?」
校庭には、先生がたのほかに、生徒が六人いる。
わたしとリーゼロッテ、セレーナ。
そして、リーズ、チコリ、セタ王子だ。
「仕方ない。十分気をつけて」
「はい!」
わたしたちは答える。
だが、騒ぎを聞きつけて、他の先生たちがやってくる。
ユナユナ先生が言う。
「生徒を危険な目に遭わせるわけにはいきません。下がらせてください」
他の先生も、
「君たち、校舎へ戻りなさい」
先生たちに、校舎内へ押し戻されそうになる。
「待ってよ! こんな時にこそこそ隠れているようじゃ、ジルとガンフレットに馬鹿にされるわ!」
と、リーズが言う。
「あなたは……Sランク冒険者の?」
「そうか……君はグランパレスの隼の……」
先生たちは少し面食らったように言う。
「魔物相手の戦闘なら、今ここにいる誰よりも役に立つと思うけど」
リーズの言葉に、先生たちは顔を見合わせる。
「仕方ない。君には手伝ってもらおう」
「だが、それ以外の君たちは駄目だ。校舎へ帰りなさい」
「聞いてください!」
わたしは叫んだ。
「わたしたち、導く三日月です」
「なんだって?」
先生たちが呆気にとられたように言う。
「導く三日月……この街に住む者なら、誰しも聞いたことのある名前だが」
ショウグリフ先生が、真剣な顔で言う。
ユナユナ先生も、早口で訊ねる。
「君たちが、幻の女性三人組パーティ、導く三日月だというの?」
わたしたちは、黙ってうなずく。
「金髪の女剣士……」
セレーナを見て、ショウグリフ先生が言う。
「百発百中の弓」
ユナユナ先生がリーゼロッテの弓へ目をやる。
ガルバルド先生がわたしを見て、
「それから、怪力おん……ネコ族のきみ」
いま、怪力女って言おうとした!
(まあまあ、この際いいではニャいか)
半信半疑の先生たちに向かって、
「エスノザ先生は、知っておられます」
とセレーナが言うと、先生たちの視線がエスノザ先生に向く。
「……我々教師陣よりも、頼りになるかもしれません」
エスノザ先生は、帽子を深く被り直して言う。
「ふぅむ……どうやら本当らしい」
「おどろいたな。導く三日月が、我が校の生徒だったなんて」
先生たちは揃って、目を丸くする。
皆で、わたしたちの方を興味深そうに見つめている。
「それなら話が違う」
「じゃあ、君たちは?」
チコリたちの方を向いて、ユナユナ先生が訊ねる。
「二人の実力も、わたしが保証します」
わたしが保証したところで、何になるわけでもないが、わたしはそう言った。
「うぅむ……。仕方あるまい」
と、なんとかわたしたちも戦うのを認められたようだ。
「さて、どうします、先生方」
エオル先生が訊ねると、ショウグリフ先生が、言う。
「エスノザ先生、指揮を執ってもらえますかな?」
エスノザ先生は首を振って、
「いや、指揮は彼らに任せましょう」
先生が指さす先に、立っていたのは……
◆
「イェルサの稲妻!」
ジェイク、メティオ、ジュナ、ルーベンダイク。
こういうとき、Sランク級パーティの彼らがいるのは、本当に心強い。
「イェルサの稲妻と導く三日月、それにグランパレスの隼のリーズが揃ったというわけですね!」
ガルバルド先生が言う。
「では……」
イェルサの稲妻のジェイクが進み出る。
「敵は正門とは逆の方向からやってくる」
ジェイクが校舎の向こうを指さす。
「一応、正門も閉じましたが、やつらは北の城壁を越えてくるでしょう。正面の敵は僕たちが引き受ける」
わたしは敷地を囲む城壁を見やる。
城壁は高さ数メートルもあるが、魔物たちは本当にあれを越えてくるんだろうか。
「他の皆さんには脇を固めてもらいたい。左翼を先生方にお願いします」
ジェイクが言うと、先生たちがうなずく。
ショウグリフ先生は額の汗を拭き、ヒネック先生は真っすぐ前を見ている。
「それから右翼を、君たちに任せる」
ジェイクはわたしたちに向かって言った。
「しかしやはり生徒に戦闘を任せるというのは……」
ショウグリフ先生が割って入る。
先生の視線の先には……ガーナデューフ校長先生が立っていた。
校長先生は腕を組み、じっと考え込んでいる。
「校長……」
「緊急時です。仕方ありません」
ジェイクが言う。
「彼女たちが本当に噂の導く三日月だとしたら、何の問題もない」
魔法史のレビン先生が言う。
ジェイクは、
「危険と判断したら、すぐに避難させます。それでいいですね?」
先生たちの返答を待たずに、
「できるね?」
ジェイクが確認する。
わたしたちは答えた。
「はい」
ヒネック先生が城門の方へ目をやる。
地響きのような足音が聞こえる。
「時間が無い。来るぞ」
エスノザ先生は武器を取って言う。
「……生徒たちを守りましょう」
皆、うなずいて、敵のやってくる北の方へ走り出す。
「校舎には、一匹も入れるな!!」




