第五百四十四話 窓の外
「何だぁ? あれ」
教室の一番後ろの席で、ひとりの生徒が不意にぽつりとつぶやいた。
彼は椅子に腰かけたまま、窓の外を見ている。
まるで寝ぼけているかのような、その口調。
「そこ、静かになさい」
ショウグリフ先生が手に持った本をめくりながら、その生徒に注意する。
「先生でも、あれ……」
生徒はまだぶつぶつ言っている。
いったい授業中にどんな夢を見ていたのか、とみんな呆れ顔だ。
けれど、わたしは生徒のその顔から目が離せない。
はっきりと言い表すことはできないが……なにか胸騒ぎがした。
その生徒の目はずっと窓の外にくぎ付けになっている。
寝言みたいな口調が、だんだんはっきりとしてくる。
「う~ん、やっぱり変だよな……」
「何です。静かになさいと言っているでしょう」
先生がまたたしなめるが……
ガタン!
突然、生徒が椅子から立ち上がる。
一斉に視線が集まる。
「先生!」
生徒は、教室中から注目されていることにもお構いなしに叫ぶ。
もう、寝ぼけたような口調ではなかった。
「しょ、商業地区から……、何か近づいてきます!」
◆
わたしも椅子から立ち上がる。
「こら! 皆、座りなさい」
わたしは先生の言葉も無視して、窓へ走り寄る。
商業地区の一角で、煙が上がっている。
白く細い一筋の煙が、青空に吸い込まれていく。
「火事……?」
(どうもそうではなさそうニャ)
「じゃあ一体……あっ」
また煙が上がった。今度は別の場所からだ。
さっきよりも、学校に近い側で、白煙が上がる。
「なに?」
「なんだあれ!?」
教室内が騒がしくなる。
先生は注意するのを忘れて、自分も窓の外を見ている。
そして数秒後、また白煙が上がる。
煙が上がったのは、魔法学校の間近だった。
◆
「生徒たちは全員食堂へ避難!!」
ショウグリフ先生が叫ぶ。
一斉に、生徒たちが出口へ向かって走り始める。
「ゆっくり! ゆっくり急ぎなさい!」
そう言う先生も、よっぽど慌てている。
「なにごとですかな?」
しゃがれた声がして、黒縁眼鏡のエオル先生が顔を出す。
騒ぎを聞きつけ、隣の教室から様子を見にやってきたのだ。
「エオル先生、どうやら敵襲です」
「なんですと!?」
ショウグリフ先生が説明する。
「何かがここへ近づいている。おそらくは魔物たちが……」
信じられない。信じたくない。
わたしは貼りつくようにして窓から外を眺めた。
「うそ……」
現実感が全くない。
真昼の学校に魔物が攻めてくるなんて。
エオル先生は、終わりまで聞かずに廊下へ飛び出していった。
「生徒たちは早く食堂へ! 校舎から出ないように!」
ショウグリフ先生もそう言い残すと、エオル先生を追うように教室を出ていく。
「校舎の門を閉じるよう伝えて下さい!」
ショウグリフ先生の叫ぶ声が聞こえる。
年を召したエオル先生が、あらん限りの大声で叫ぶ。
「先生がた、戦闘ですぞ!」
◆
生徒たち皆が食堂へ向かう。
「ううん」
初めは皆について行っていたわたしだが、
「やっぱり違うな」
踵を返して、違う方向へ走り始める。
(食堂へはいかニャいのか)
「うん」
わたしが目指しているのは、校庭だった。
魔物が学校に攻め込んでくるなら、ただ隠れているわけにはいかない。
「わたしも戦う」
「私たちも、でしょ?」
後ろからの声に振り返ると、セレーナとリーゼロッテだった。
「二人とも、危険だよ?」
「ここで戦わなかったら、何のために今まで鍛えてきたのかわからない」
リーゼロッテは弓を手に走っている。
セレーナも聖剣エリクシオンに手をやりながら、並走している。
「見て!」
廊下を曲がると、セレーナが叫ぶ。
校庭への出口が、黒く、狭くなっていく。
生徒たちを守るため、扉を閉めようとしているのだ。
「待って!」
わたしたちは速度を上げ、校庭へ飛び出した。
校庭にはエスノザ先生やヒネック先生ほか、教師陣が勢ぞろいしている。
わたしたちの姿を見て、先生たちが言う。
「君たち、何をしているんだ!」
「生徒は食堂へ避難と言ったはずだぞ」
わたしは、絶対に譲らない覚悟を持って、言った。
「わたしたちも戦います」