第五百二十七話 リーゼロッテとセタ王子の職場
わたしは雑貨店を後にすると、リーゼロッテたちの働く、工業地区へと足を運んだ。
「つぎはリーゼロッテとセタ王子のところだね。ふたりともサボってなければいいけど」
(それはあっちの台詞ニャ……)
赤い屋根々々の連なる工業地区。
商業地区とは違って、金属を叩く音や、溶鉱炉の蒸気の上がる音、ゴシゴシと何かを削る音なんかが響いている。
「ここは鍛冶屋。ここはガラス工房……」
わたしはきょろきょろとあたりを見渡す。
この地区には色々なお店が並んでいるが、あまり来たことがないので、どうも不案内だ。
(あれだニャ)
にゃあ介の声に、わたしは足を止める。
二、三軒先に、大きな看板のかかった建物がある。
見上げると看板には、『エルドリッチ魔法具工房』の文字。
「あ、ほんとだ」
魔法具工房……いったいどんなお店なんだろう?
見る限り、なんだか工房というより、倉庫かガレージみたいな作りで、入口の扉は開けっ放し。呼び鈴もない。
わたしは首を伸ばして奥を覗く。
工房の中は、所狭しと何かの部品や工具が積まれている。
「なんだかすごいなあ。マッドサイエンティストの研究室みたい」
その工具の山の中に、二人はいた。
「セタ王子、その部品はそこに置いておいてくれ」
リーゼロッテが、セタ王子に言う。
王子は、重そうな箱を運びながら言う。
「はい! わかりました!」
なんか王子の威厳、ゼロだな……。
(まあ、今に始まったことではニャい)
リーゼロッテは、コテやらワイヤーやらを手に、なにか部品を組み立てているようだ。
「何を作ってるの?」
わたしが声をかけると、リーゼロッテは顔を上げて、こちらを見る。
「ミオン!」
セタ王子も、
「ミオンさん!」
とおどろく。
「えへへ、様子を見に来たんだ。……ていうか、ふたりとも汗だくだね」
リーゼロッテは微笑んで、
「魔法具作りは、思ったより体力勝負でな」
こう言う。
「これは、『保温壺』だ」
「えっ! 保温壺?」
わたしは驚く。
「聞いたことない。そんなの作れるの?」
「工房長が、話の分かる人でな。アイデアがあるなら、好きな物を作ってみていい、と言われたんだ」
「すっごーい。さすがリーゼロッテ!」
わたしが言うと、
「いや、これはほとんどセタ王子のアイデアが元になっている」
「セタ王子が? へえ! すごいじゃん、セタ王子!」
セタ王子は、照れくさそうに、
「部分的に魔石を使っていて、中に入れた液体の温度を一定に保つ壺なんです」
そう説明してくれる。
「こ、これぞ本物の、『魔法瓶』!」
「魔法瓶? その呼び方も悪くないな」
リーゼロッテは眼鏡を直して作りかけの容器を見る。
「たいしたものだろう? 私も驚いた」
セタ王子は赤くなりながら、
「まだ試作段階ですが……」
と頭を掻く。
「へえ~っ!」
わたしは、感心して言う。
「すごいすごい! 完成したら、ぜひ見せてね!」
そして王子の背中を叩く……いろんな意味をこめて。
「セタ王子、しっかりね!」
セタ王子は、ケホケホと咳をしながらも、
「はい。やりがいのある職場でよかったです」
と、なんだか幸せそうな顔をしているのだった。