第五百二十五話 セレーナの職場
商業地区を歩いていると、様々な商店や露店が並び、見ていて飽きない。
商人たちの威勢のいい呼び声と客の笑い声が交差して、とても賑やかだ。
そんな通りの一角に、こぢんまりとした食堂がある。
木の温もりが漂う、静かな佇まいのこのお店が、セレーナの職場だ。
「へ~、まさに異世界における隠れ家的なお店ってやつだね」
扉を開けると、香ばしい、いい香りと一緒に、ガランガランという鍋の音が耳にとびこむ。
カウンターの後ろで、こげても一向に気にしていない様子の老した廚師が、大きなフライパンを振り回している。
「いらっしゃいませ……あら、ミオン!」
セレーナが、フロアで接客をしている。
「あ、セレーナ。ちょっと様子を見に来たんだ」
ウェイトレス姿のセレーナが小首を傾げた様子は、はっきりいって、超可愛かった。
「似合ってるね、その恰好!」
「ふふ、来てくれて嬉しいわ。ミオンも何か食べていく?」
微妙に嫌な予感が頭をかすめる。
わたしは首を横に振って、言う。
「ううん、様子を見に来ただけだから。また今度いただくよ」
店内に、客は二~三人と少なく、お世辞にも繁盛しているとは言えなかった。
それでもセレーナは楽しそうに、お水や料理を運んだり、テーブルを拭いたりしている。
「見て、ミオン。このメニュー、私が考えたの」
セレーナは誇らしそうに、壁のメニューを指さす。
そこには、『リザードの尻尾の香草焼き』と書いてある。
先に食事を断っておいてよかった……あぶないあぶない、とわたしは額の汗を拭く。
「セレーナが考えたメニューだったんだね。平たく言えば、『トカゲのしっぽ』を焼いたやつか。お、おいしそうだね」
わたしが言うと、セレーナは、
「でもね、残念ながら、まだ注文がないの。ああ、はやく調理したいわ」
「あはは……、きっとそのうち沢山注文が入るよ」
「そうだといいけれど……」
「それじゃ、わたしはこれで」
わたしはそう言ってお店を後にする。
「あら、もう行くの?」
「うん。次はチコリの様子を見に行ってくる」
「そう。それじゃあ、また寮でね」
店を出ると、わたしはチコリの雑貨屋目指して歩き出す。
「可愛かったなあ。セレーナの制服姿」
(食べてやればよかったのに。セレーナの手料理)
「は、はは……今はちょっと。……お腹が空いてなくて」
(ミオンは基本的に、いつだってお腹が空いているくせにニャ~)
「そのうち沢山注文が入る」とは言ったけれど、あの『トカゲのしっぽ』、おそらくはこの先、誰も頼まないんじゃないか、とわたしは心配するのだった。




