第五百二十話 初出勤
セレーナと別れたわたしは、ルミナス商業地区にある冒険者ギルドへと足を向ける。
緑色の屋根で統一された商業地区。
初めて来たときは、とにかくワクワクドキドキしながら、街なかを歩いたものだ。
まさか自分がここで働くことになるとは。
「にゃあ介も言ってたよね、この学園都市は悪くないって」
(そんなこと言ったかニャ?)
「言ってたよ。統一感がどうとか、機械的でどうとか……」
(なんで機械が出てくるニャ。機能的の間違いニャろ)
にゃあ介があきれ声で言う。
石畳の道を踏みしめながら、ルミナスの商店街を進む。
鮮やかな布地を売る店では、異世界らしい不思議な模様が風にはためいている。
冒険者向けの武具店には、研がれた剣や魔法具が並んでいて、興味をそそる。
開店準備中の店の前を通ると、食欲をそそる焼き立てのパンの匂いが漂ってくる。
「いい匂い~……」
(はやく行かないと遅刻するニャ)
通りを抜けると、やがて、ギルドのマークが模された看板が見えてくる。
「ここだ……さあ、いよいよ実習の始まりだね」
ルミナスのギルドはそこまで大きくない。
しかし改めて眺めてみると、白い壁の建物は、年季の入った雰囲気が漂っている。
わたしはそれを見上げながら、
「よしっ」
と気合を入れる。
(大丈夫かニャ)
「もちろん。前の世界ではアルバイトの面接に行ったこともあるんだから!」
(不採用だったではニャいか)
「…………。だからその後ちゃんと勉強したの! まずは入室前にドアを3回ノックすること!」
ゴンゴンゴン!
わたしが観音びらきの戸を3回拳で叩くと、反動で、
バタンバタンバタン!
と戸が3回開閉する。
「中に入ったら、お辞儀をする。お辞儀の角度は30度!」
わたしは口に出して確認する。
「30度、30度……失礼しま~す」
「おはようございます! ミオンさん!」
見ると、受付にリンコさんが立っていた。
もじゃもじゃ頭に、つやつやのほっぺ。そしていつも元気いっぱいなのが、ルミナスギルド受付のリンコさんだ。
「今日から実習ですね!」
「はいっ、よろしくお願いします!」
わたしは、「ぶんっ」と音が出そうなくらい、思いっきり頭を下げる。
(それは150度ニャ。30度は直立からの角度ニャ)
膝に顔をつけるほど折れ曲がったわたしを見て、リンコさんは笑いながら、
「ここでの仕事は、けっこう大変だと思います。でもミオンさんなら、できますよ。がんばって下さい」
と言ってくれた。
「はい! ありがとうございます」
わたしは元気よく答える。
今日から、ここで働くのか……うまくやれるといいな。わたしはギルドの中を眺める。
ギルドに入ってすぐのところにあるのが、いつもリンコさんが立っている受付カウンターだ。
その右奥には、酒場があり、丸テーブルがいくつか並んでいる。今朝はまだお客さんの姿は見えない。
でも、ギルドの酒場では、昼からお酒を飲んでいる客をよくみかけるから、そのうち誰かやってくるだろう。
やっぱり、最初は酒場の接客とかを任されたりするのだろうか。
それとも皿洗いかな?
何をやるにしても、与えられた仕事をひとつひとつ、精一杯頑張ろう!
(ほう。いい心がけニャ)
「でしょ? 成績がかかってるしね」
(…………)
にゃあ介とそんなやりとりをしていると、受付へ別の人物が現れる。
モヒカン頭の背の高い男性だ。ボディビルダーみたいな、筋肉質の肩を持つ、その男性は言った。
「おー、君が新入りか。なんでも冒険者登録してるんだって?」
「は、はい。一応……」
わたしがおどおどと答えると、リンコさんが、
「こちらはマシャーミンさん。このギルドの副ギルド長です」
と教えてくれる。
「よ、よろしくお願いします。マシャーミンさん」
「おう、よろしくな!」
マシャーミンさんは、つかつかと近づいて……わたしの背中をバンと叩く。
「い……いたた」
わたしは思わず顔をしかめる。
そんなわたしを見てリンコさんが言う。
「ダメですよマシャーミンさん。女の子にそんなことしちゃ」
「ふむ。冒険者登録していて……背筋も強そうだな」
マシャーミンさんは、リンコさんの言葉をスルーして、ぶつぶつとつぶやく。
「よし、それなら話が早い。こっちへ来てくれ」
「わっ」
わたしはマシャーミンさんに、むんずと肩をつかまれ、引きずるように連れていかれる。
「あ、あのどこへ……」
「くればわかる」
訳もわからないまま、ずるずるよたよた連行されるわたしを見て、
「がんばれミオンさんー」
そう励ますリンコさん。
その声を聴きながらも、わたしは、もしかしたら実習先を大きく間違えてしまったのではないか……と、一抹の不安を覚え始めていた。




