第五百十九話 特別実習の朝
「わたしはね……冒険者ギルド!!」
胸を張って言い放つ。
皆、一瞬、あっけに取られた顔になる。
「冒険者ギルドか。なるほど、ミオンらしいといえばミオンらしいかもしれない」
リーゼロッテが言う。
「そうね。仕事も多彩そうだし、面白そうね」
とセレーナ。
チコリとセタ王子は、
「冒険者ギルドかぁ。ミオンにぴったりかも!」
「ミオンさんが働いているところが目に浮かぶようですね!」
とほめてくれる。
「えへへ、そうかな」
鼻の下を伸ばすわたしに、
「失敗して、クビにならなければいいけど」
リーズはいつも通り手厳しい。
ともかく、皆の勤務先希望は出そろった。
あとは実習開始の日を待つばかりだ。
◆
初めての実習の日の朝、寮の談話室へ行くと、すでにセレーナが座ってお茶を飲んでいた。
窓から差し込む朝日が、セレーナの金色の髪をきらきらと反射させている。
セレーナが伏し目がちに紅茶の入ったティーカップを口元へ運ぶ。
その儚い様子になんとなく声を掛けられずにいると、
「おはよう、ミオン」
わたしに気づいたセレーナが言う。
「おはよう、セレーナ」
わたしは、セレーナの隣へ腰かける。
紅茶の、なんともいえぬ香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
セレーナ、紅茶淹れるのは、すごく上手なんだよなあ。
しかしはたして、料理の方は大丈夫なんだろうか……。
「なに?」
笑顔で話すセレーナに、
「ううん。なんでも」
と答える。
「今日からしばらくは、勤務先のお店へ通うことになるんだよね」
「ええ。楽しみね」
セレーナがわたしに紅茶を注いでくれる。
わたしは一口紅茶を飲むと、カップの底でくるくると回る茶葉のかけらを見つめる。
「どうしたの? ミオン」
「あ……うん」
わたしは続けて、こう言う。
「どうしてセレーナは、食堂にしたのかなって」
ちょっと不思議だった。
セレーナだって、冒険者ギルドや魔法具店のように、戦いに役立つような場所を選びそうなものなのに。
「そうね……。ミオンのせいかもしれない」
「え?」
するとセレーナは、ふふふ、と笑って、
「私はずっと、がむしゃらに剣の鍛錬ばかりしてきたわ。……お父様が亡くなってから今まで、ずっと」
セレーナはカップの縁を人差し指でなぞりながら言う。
「ミオンはいつも、色んなことを初めて体験するように全力で楽しんでる。楽しんでいて、そして、強いわ」
つーっとセレーナの指が、カップの形にカーブする。
「きっと心に余裕があるのね。私のようにひとつの事しか頭にないと、視野も狭くて、つまづいたときに袋小路に陥ってしまう。心に余裕がないから……、それが弱さに繋がっていると思ったの」
セレーナの指が止まる。
「私もミオンに会ってから、色んなことを体験したわ。その度に、世界が広がるのを感じた」
彼女はわたしを見て、
「だから、これからももっと色々体験したいと思ったの」
そう言って微笑む。
それは噓偽りない、セレーナの本心のように思われた。
「わたし……わたしは何も考えず、ただやりたい事やってるだけなんだけど」
セレーナは、ぷっと噴き出す。
「それがミオンのいいところ」
「そっかな?」
「そうよ」
セレーナは言う。
「さあ、もう行かないと。ギルドでの実習、頑張ってね」
「うん。セレーナの食堂もね。お互い、頑張ろう!」
わたしは心からの言葉をかける。
寮を出ると、爽やかな風が吹いている。
「気持ちのいい朝だね。なんか、幸先いいかも」
セレーナと一緒にルミナス商業地区へ歩き出しながら、話す。
「今ごろ、リーゼロッテたちも、それぞれの実習先に向かうところだよね?」
「そうね。きっと」
セレーナはうなずく。
「みんな、うまくいくといいわね」
「うまくいくよ。だって、みんな勉強熱心だし、真面目だもん。お店の人にも、それは伝わるんじゃないかな」
そう言って、ちょっと不安になる。
「……ていうか、わたしが一番、いい加減かも」
「ふふ。ミオンの良さだって、ちゃんと伝わる。それは私が受け合うわ」
セレーナは胸を叩いて、そんな風に言ってくれる。
「ありがとうセレーナ」
「それじゃ、私の食堂はあっちだから。また、後でね」
商店街にさしかかるあたりで、わたしたちは別の道へ分かれる。
ふと遠くの丘を見上げると、稜線の向こうに限りなく澄んだ青空が広がり、白い雲がゆるやかに流れている。
本当にいい天気だ。
わたしは遠ざかるセレーナに手を振る。
「じゃあ、がんばってね!」