第五十一話 得意分野
図書室へ入ると、リーゼロッテは真っ直ぐ一つの本棚へ向かった。
その前に立ってしばらく眺めていたが、
「くそ」
と、女の子らしからぬ言葉を吐く。
「どうしたの?」
わたしが訊ねると、
「ない」
リーゼロッテはそう答えた。
「ないって何が?」
「本がないんだ」
「勘違いじゃなくて?」
セレーナが言う。
「いや、確かにこの棚にあったはずだ。『稀少な植物とその生息地』」
「何でないのかしら」
「おそらくは……先に見つけた誰かが隠したんだろう」
「そんな! じゃあどうすればいいの」
「どうしようもないわ。もう、勘で答えるしかないわね」
セレーナが言うと、リーゼロッテは、
「すまないな、私のせいで」
「何で謝るの?」
「私が足手まといだから、さっき、あの三人組を巻くのに時間がかかってしまった」
「そんなこと……! あいつらが悪いだけで、あなたのせいではないわ」
セレーナが言う。
「うん。リーゼロッテは悪くない。そもそも、リーゼロッテがいなかったら、どの本を調べればいいかもわかんなかったんだし」
「だが、私の身体能力がもっと高ければ……」
「関係ない! リーゼロッテにはリーゼロッテの得意分野がある!」
きょとん、とするリーゼロッテ。わたしは続けた。
「魔法の知識でリーゼロッテにかなうやつなんていないんだから」
リーゼロッテはわたしを見つめ、言った。
「……ふふふ、やっぱりおもしろいヤツだな、ミオンは」
「そーかな?」
(三国志から言を引けば、その長ずる所を貴び、その短ニャる所を忘る。ミオンにしては、なかなかいいことを言う)
にゃあ介の声。
うーん、ほめるなら、もーちょっとわかりやすくほめてよ。
「しかし、その得意分野も生かせなかったら意味がない」
リーゼロッテが言う。
「せっかく毎日図書室へ通って、メモまでとっていたのに……まてよ?」
「どうしたの」
リーゼロッテは弾けたように走り始めた。
「待って、どこへ行くの?」
「メモだ! メモだよ。私の羊皮紙に書いてある! アルパネイブルの発見者!」
◆
わたしたちは、寮のリーゼロッテの部屋にいた。
「おかしいな、たしかこの辺に……」
リーゼロッテは部屋に散乱する羊皮紙と格闘している。
その顔は汗まみれだ。
わたしとセレーナも一緒になって探す。だが、見つからない。
「ねえ、リーゼロッテ、もう一か八かで答えてみよう」
わたしは言った。
「そうね。それで外れたら仕方ないわ。ルイス=ジャンセンでいきましょう」
セレーナも言う。
「ダメだ」
リーゼロッテは言った。
「ミオンが言っただろう? 人には人の得意分野がある。他で負けても、ここで引き下がるわけにはいかない」
羊皮紙の束を漁っていたリーゼロッテは、一瞬動きを止める。
そして一枚の羊皮紙を手に振り返り、ニヤリと笑った。
「これは私の得意分野なんだ」
セレーナが羊皮紙をのぞき込む。
「あるわ! <アルパネイブル>:蛇の毒への解毒作用。発見者……ジムス=ジャンセン!」
「ジムスか。覚えにくい名前だ」
「すごいわ、リーゼロッテ!」
わたしはリーゼロッテに抱きつく。
「お、おい、よせ」
「すごいすごい!」
当惑するリーゼロッテと、はしゃぐわたし。それをセレーナが微笑ましそうに見守っている。
「こんなことしてる場合じゃないだろ」
リーゼロッテは言う。
「ポイントは先着順なんだ。行くぞ」
そうだった。これはスピード勝負だ。急がなければ。
「よし」
「行きましょう!」
わたしたちは、また寮を出て学校へと急いだ。
学校へ向かう並木の坂道。心なしか、リーゼロッテの足は弾んでいるように見えた。
◆
「正解です」
エオル先生は、言った。
「第一の試練、突破です」
「やった!」
喜びに沸くわたしたち三人。
顔を見合わせて、笑いあう。
「やったね」
「リーゼロッテのおかげよ」
「大したことじゃない」
「あなた方には、80ポイントが与えられます」
エオル先生が言う。
「えっと、80ポイントってことは、何位?」
わたしが言うと、
「3位だ」
リーゼロッテが言う。
そこへ、先生たちが、みんなしてやってきた。
「君たち、さっきの騒ぎだが……」
「一体、あれは何なんだ? 魔法なのか? どこで覚えた? 書物に載っているのか?」
「あ、あの……わたしたち、新たに魔法契約を結んだんです」
絶句する先生たち。
「そうだ。風の精霊を召還した」
リーゼロッテが言う。
「まさか!」
「馬鹿なことを! そんなことはあり得ない!」
「とても信じられない。とにかくもう少し詳しく聞かせてくれないか」
「かまわないが、今はコンテスト中だ。次の試練はどうするのだ?」
リーゼロッテは言う。
「たしかに。先生方、後にしましょう。第二の試練はすでに始まっています」
ショウグリフ先生は残念そうに、
「うむ。いや、しかし……」
と、まだぶつぶつ言っている。
その先生の声をかき消すように、校庭から歓声とも悲鳴ともつかぬ声が上がる。
わたしたちは、声のした方を見やる。
そこでは、いくつかの影が激しく動いていた。
「あれが第二の試練……」
わたしはそうつぶやいた。
そして、セレーナ、リーゼロッテの顔を見る。どちらの顔にも不安が陰を落としていた。
おそらく、わたしの顔にも同じ表情が浮かんでいるのだろう。
一組の参加者たちが、校庭で「何か」と戦っていた。
それは、とても奇妙な代物だった。




